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第六十三話 ダンジョンへ
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「悪いな。本人も悪気があるわけじゃないんだ」
「別に、気にしてない」
剛にそう言われ、ニコがつまらなそうにそう返す。
「この前振りだな。シズク、で良かったか?」
声すら聞いたこともない少女とのコンタクトを試みる。今まで二度剛と行動を共にしているようだったし、今後も会う可能性があったからだ。
「……良い」
東の国でフウリンと呼ばれる鈴の音にも似た小さな声だ。少し声が高いことから、想像していたよりも幼い印象を受ける。
「また会う機会もあるだろうし、よろしくな」
「──うん」
シズクが控えめに頷く。特殊な気配の消し方や少し独特なフードの膨らみから、彼女が獣人である可能性が浮上していたが、それには触れないことにしておいた。
「サンクレイア」
途中から、料理を運ぶのを手伝っていた、王女よりも濃い金髪を持つエルフの少女も加わり、十人を越える大所帯での夕食となる。
テーブルには、最初に運ばれた肉料理の他にも、魚料理やコルハニーの姿があった。
あまりこういった所での食事に慣れていないからか、アルマがどこかぎこちなくナイフを使っていた。
アルマは、今度適当な場所にナイフを扱う練習に連れ出した方が良いかもしれないな。
剛もマナーなんて気にしなくても良いとは言ってくれていたが、アルマは性格的に納得しないだろうしな。
剛の屋敷で夕食をご馳走になった翌日、昼前頃に全員でウィルの鍛冶屋に来た。
「来たか……」
ウィルの鍛冶屋に入るなり、機嫌の良さそうなアドルフが、好意的な圧力を向けてきた。
向こうはかなりやる気のようで、正直助かる。
「悪い、待たせたな」
「南の国のマルクで良かったか?」
「あぁ。──ただ、少しだけ待っていてくれ」
そう言ってアドルフの横を通り抜け、部屋の奥にある扉の元に向かうと、客を出迎えもしなかった店員に声をかける。
「──ウィル、いるんだろ!」
「……ぅあ、ルシェフか?」
俺が叫ぶと、近くから気の抜けた声が聞こえた。それからすぐに目の前にあるテーブルの下からウィルが顔を覗かせる。
どうやら、床で寝ていたようだった。
「例の件はどうなってる?」
「おぅ、今ちょっとした実験中だ」
俺の言葉に、ウィルが満足そうにそう返す。彼の目にはいつもの気だるげな雰囲気はなく、好奇心に溢れた若い錬金術士のものになっていた。
多分、その実験中に寝落ちしたんだろうな……。
「そうか。──じゃあ、俺は行くからな」
「おう」
ウィルと別れ、先の部屋に戻る。あの様子なら、任せておけば大丈夫だろうしな。
「悪い、待たせた」
「……では行くぞ」
アドルフの転移で南の国のマルクの裏道に転移し、表通りに出ると、すぐ目の前にあるギルドに入り、新しく発見されたダンジョンの情報を探す。
二つ名冒険者が何人もいるので、それなりに目立つものかと思ったが、ギルドに入っても、多くの人で賑わう中で振り返る人間は数人しかいなかった。
もしかしたら、南の国は新種のダンジョンが多いため、よそ者の冒険者が珍しくないのかもしれないな。
「どれにしようか……」
「別に、全て踏破してしまえば良いだろう?」
アドルフが、事も無げにそう漏らす。
確かに、彼がいればやって出来なくはないだろうが、そこまでアドルフを拘束したら、王女に何て言われるかわかったもんじゃないからな……。
アドルフ的には、国家公認冒険者もなりたくてなったものでもなければ、必要以上に国のために働くつもりもないのだろうが、王女的には、アドルフを傍に置いているという事実を内外に示していたいため、そういうわけにはいかないだろう。
あまり長く拘束すると、剛辺りを使ってアドルフを呼び戻しに来るかもしれないしな。
「悩んでてもしょうがないし、一先ず端から当たってみようか」
そう言って、俺が左端の紙に記載されたダンジョンに決めると、その紙を見たリディアの顔色が少し曇った。
「どうかしたのか?」
「……多分だけど、このダンジョンにミノタウロスが出るかもしれないわ」
珍しく、眉間にシワを寄せるリディアに、場違いにも笑みを浮かべてしまう。
アドルフに関しては、ミノタウロスの名前を聞いて小さく笑いを漏らしていた。
ミノタウロスは、討伐難度的には、仲間を連れていないカルレランのスケルトン・ナイトとほぼ同等程度である。新種のダンジョンだけに討伐依頼が出ていないのが残念だが、そいつの魔石を売れば、かなり良い金になるはずだ。
そして、アドルフがいる以上、ミノタウロスなんかに遅れを取るはずもなかった。何なら、アドルフ一人でもミノタウロスを倒しかねないからな。
「ルシェフさん?」
場違いにも笑みを浮かべた俺の顔を、レオナが少し心配そうに覗き込んでくる。
「悪い。ミノタウロスが来るなら、むしろ都合が良かっただけだ。アドルフもいれば、まず仕留め損なうこともないしな」
「そう、なんだ……」
レオナが少し引きつった笑みを浮かべる。彼女はまだアドルフの戦う姿を見たことがないから、半信半疑なのだろう。
「心配することはないよ。まずあり得ないけど、駄目そうなら逃げれば良い」
ミノタウロスには逃げる相手を追うような性質はないし、逃げるのは簡単な相手だからな。
「うん」
レオナの頭を軽く撫でると、彼女もゆっくりと頷いてくれた。
「そうでした!大事なものを忘れてました──!」
オリビアが、ハッとしたように声をあげる。
「どうした?」
「南の国に来たなら、あれを──」
「……」
そう言ってオリビアがバッグからサングラスを取り出したところで、無の表情で彼女の動向を見つめるアドルフとオリビアの目が合う。
「……」
二人の視線が交錯し、無言の間が訪れる。それから間もなく、オリビアは何事もなかったかのようにそっとサングラスをバッグに戻していた。
探索するダンジョンが決まったところで、早めの昼食を摂り、ダンジョン探索に必要な道具を買い揃える。
勿論、今回はサングラスを着用しての買い出しは見送られた。
道具を揃えた後は、アドルフの転移で件のダンジョンの近くまで転移し、そこから歩くこと数分、無事にダンジョンの入り口である、赤門の前にたどり着いた。
「じゃあ、行こうか」
全員で門を潜ると、赤褐色のレンガで出来た壁と、疎らに壁に取りつけられた、ランタンに灯された炎が目に入る。
情報通り、遺跡型のダンジョンのようだ。
「アメリア、浮かれすぎて、変な罠とか起動させないでくれよ?」
「わかってるって」
機嫌の良さそうなアメリアに釘を刺しておき、道が一つしかないので、暫く道なりに進むと、途中で別れ道になる。
「リディア、どっちに進めば良い?」
念のために欠かさずにマッピングもしておき、リディアに進路を尋ねる。
「……次の階層に行くなら、左かな。右は最終的にどこも袋小路になるみたい」
「そうか」
リディアに頷き、左に進んだところで、後ろから地面の崩れるような音が聞こえた。
「──!」
「アメリア……」
振り返ったところで、レンガの隙間に爪を突き立て、何とかその場に踏み留まっていたアメリアの姿を確認することができる。
彼女のいた足元の地面だけが無くなっていることから、早速変な罠を起動させたのだろうと、容易に想像できた。
アメリアの元に向かい、一跳びでこちらに跳んできた彼女を受け止める。
「ありがとう」
「アメリア。──次からは道の真ん中を歩こうか」
「うん……」
俺の言葉に、アメリアが重々しく頷く。道の真ん中なら、さすがに何かあって見落とすことはないだろうしな。
「ブラウンさん、この先、ゴーレムがいます」
暫く進むと、何かに気づいたオリビアが足を止めた。
「わかった」
「ほぅ……」
オリビアの言葉にアドルフが感心したようにそう漏らす。多分、自身よりも索敵範囲が広いとまでは思っていなかったのだろう。
そのまま道なりに進むと、俺の索敵にもゴーレムの反応が確認できた。
「リディア」
「右かな」
リディアの案内で遺跡の中を進み、一切戦闘もなく次の階層へと続く門を見つけることができた。その門への侵入を阻むかのように、核以外が水で形作られた人型のゴーレムが侵入者を待ち構えている。
ゴーレムは、創り手によって性能が変わるため、見た目からは奴の危険度はわからない。
もしかしたら、殆ど零に近い魔力通り大した個体ではない可能性もあるが、逆に微量の魔力で活動していることを考えると、危険な個体である可能性もあった。
「さて、と──あっ、おいっ!」
俺が口を開くのと同時にアドルフがゴーレムに向かって飛び出していた。
「別に、気にしてない」
剛にそう言われ、ニコがつまらなそうにそう返す。
「この前振りだな。シズク、で良かったか?」
声すら聞いたこともない少女とのコンタクトを試みる。今まで二度剛と行動を共にしているようだったし、今後も会う可能性があったからだ。
「……良い」
東の国でフウリンと呼ばれる鈴の音にも似た小さな声だ。少し声が高いことから、想像していたよりも幼い印象を受ける。
「また会う機会もあるだろうし、よろしくな」
「──うん」
シズクが控えめに頷く。特殊な気配の消し方や少し独特なフードの膨らみから、彼女が獣人である可能性が浮上していたが、それには触れないことにしておいた。
「サンクレイア」
途中から、料理を運ぶのを手伝っていた、王女よりも濃い金髪を持つエルフの少女も加わり、十人を越える大所帯での夕食となる。
テーブルには、最初に運ばれた肉料理の他にも、魚料理やコルハニーの姿があった。
あまりこういった所での食事に慣れていないからか、アルマがどこかぎこちなくナイフを使っていた。
アルマは、今度適当な場所にナイフを扱う練習に連れ出した方が良いかもしれないな。
剛もマナーなんて気にしなくても良いとは言ってくれていたが、アルマは性格的に納得しないだろうしな。
剛の屋敷で夕食をご馳走になった翌日、昼前頃に全員でウィルの鍛冶屋に来た。
「来たか……」
ウィルの鍛冶屋に入るなり、機嫌の良さそうなアドルフが、好意的な圧力を向けてきた。
向こうはかなりやる気のようで、正直助かる。
「悪い、待たせたな」
「南の国のマルクで良かったか?」
「あぁ。──ただ、少しだけ待っていてくれ」
そう言ってアドルフの横を通り抜け、部屋の奥にある扉の元に向かうと、客を出迎えもしなかった店員に声をかける。
「──ウィル、いるんだろ!」
「……ぅあ、ルシェフか?」
俺が叫ぶと、近くから気の抜けた声が聞こえた。それからすぐに目の前にあるテーブルの下からウィルが顔を覗かせる。
どうやら、床で寝ていたようだった。
「例の件はどうなってる?」
「おぅ、今ちょっとした実験中だ」
俺の言葉に、ウィルが満足そうにそう返す。彼の目にはいつもの気だるげな雰囲気はなく、好奇心に溢れた若い錬金術士のものになっていた。
多分、その実験中に寝落ちしたんだろうな……。
「そうか。──じゃあ、俺は行くからな」
「おう」
ウィルと別れ、先の部屋に戻る。あの様子なら、任せておけば大丈夫だろうしな。
「悪い、待たせた」
「……では行くぞ」
アドルフの転移で南の国のマルクの裏道に転移し、表通りに出ると、すぐ目の前にあるギルドに入り、新しく発見されたダンジョンの情報を探す。
二つ名冒険者が何人もいるので、それなりに目立つものかと思ったが、ギルドに入っても、多くの人で賑わう中で振り返る人間は数人しかいなかった。
もしかしたら、南の国は新種のダンジョンが多いため、よそ者の冒険者が珍しくないのかもしれないな。
「どれにしようか……」
「別に、全て踏破してしまえば良いだろう?」
アドルフが、事も無げにそう漏らす。
確かに、彼がいればやって出来なくはないだろうが、そこまでアドルフを拘束したら、王女に何て言われるかわかったもんじゃないからな……。
アドルフ的には、国家公認冒険者もなりたくてなったものでもなければ、必要以上に国のために働くつもりもないのだろうが、王女的には、アドルフを傍に置いているという事実を内外に示していたいため、そういうわけにはいかないだろう。
あまり長く拘束すると、剛辺りを使ってアドルフを呼び戻しに来るかもしれないしな。
「悩んでてもしょうがないし、一先ず端から当たってみようか」
そう言って、俺が左端の紙に記載されたダンジョンに決めると、その紙を見たリディアの顔色が少し曇った。
「どうかしたのか?」
「……多分だけど、このダンジョンにミノタウロスが出るかもしれないわ」
珍しく、眉間にシワを寄せるリディアに、場違いにも笑みを浮かべてしまう。
アドルフに関しては、ミノタウロスの名前を聞いて小さく笑いを漏らしていた。
ミノタウロスは、討伐難度的には、仲間を連れていないカルレランのスケルトン・ナイトとほぼ同等程度である。新種のダンジョンだけに討伐依頼が出ていないのが残念だが、そいつの魔石を売れば、かなり良い金になるはずだ。
そして、アドルフがいる以上、ミノタウロスなんかに遅れを取るはずもなかった。何なら、アドルフ一人でもミノタウロスを倒しかねないからな。
「ルシェフさん?」
場違いにも笑みを浮かべた俺の顔を、レオナが少し心配そうに覗き込んでくる。
「悪い。ミノタウロスが来るなら、むしろ都合が良かっただけだ。アドルフもいれば、まず仕留め損なうこともないしな」
「そう、なんだ……」
レオナが少し引きつった笑みを浮かべる。彼女はまだアドルフの戦う姿を見たことがないから、半信半疑なのだろう。
「心配することはないよ。まずあり得ないけど、駄目そうなら逃げれば良い」
ミノタウロスには逃げる相手を追うような性質はないし、逃げるのは簡単な相手だからな。
「うん」
レオナの頭を軽く撫でると、彼女もゆっくりと頷いてくれた。
「そうでした!大事なものを忘れてました──!」
オリビアが、ハッとしたように声をあげる。
「どうした?」
「南の国に来たなら、あれを──」
「……」
そう言ってオリビアがバッグからサングラスを取り出したところで、無の表情で彼女の動向を見つめるアドルフとオリビアの目が合う。
「……」
二人の視線が交錯し、無言の間が訪れる。それから間もなく、オリビアは何事もなかったかのようにそっとサングラスをバッグに戻していた。
探索するダンジョンが決まったところで、早めの昼食を摂り、ダンジョン探索に必要な道具を買い揃える。
勿論、今回はサングラスを着用しての買い出しは見送られた。
道具を揃えた後は、アドルフの転移で件のダンジョンの近くまで転移し、そこから歩くこと数分、無事にダンジョンの入り口である、赤門の前にたどり着いた。
「じゃあ、行こうか」
全員で門を潜ると、赤褐色のレンガで出来た壁と、疎らに壁に取りつけられた、ランタンに灯された炎が目に入る。
情報通り、遺跡型のダンジョンのようだ。
「アメリア、浮かれすぎて、変な罠とか起動させないでくれよ?」
「わかってるって」
機嫌の良さそうなアメリアに釘を刺しておき、道が一つしかないので、暫く道なりに進むと、途中で別れ道になる。
「リディア、どっちに進めば良い?」
念のために欠かさずにマッピングもしておき、リディアに進路を尋ねる。
「……次の階層に行くなら、左かな。右は最終的にどこも袋小路になるみたい」
「そうか」
リディアに頷き、左に進んだところで、後ろから地面の崩れるような音が聞こえた。
「──!」
「アメリア……」
振り返ったところで、レンガの隙間に爪を突き立て、何とかその場に踏み留まっていたアメリアの姿を確認することができる。
彼女のいた足元の地面だけが無くなっていることから、早速変な罠を起動させたのだろうと、容易に想像できた。
アメリアの元に向かい、一跳びでこちらに跳んできた彼女を受け止める。
「ありがとう」
「アメリア。──次からは道の真ん中を歩こうか」
「うん……」
俺の言葉に、アメリアが重々しく頷く。道の真ん中なら、さすがに何かあって見落とすことはないだろうしな。
「ブラウンさん、この先、ゴーレムがいます」
暫く進むと、何かに気づいたオリビアが足を止めた。
「わかった」
「ほぅ……」
オリビアの言葉にアドルフが感心したようにそう漏らす。多分、自身よりも索敵範囲が広いとまでは思っていなかったのだろう。
そのまま道なりに進むと、俺の索敵にもゴーレムの反応が確認できた。
「リディア」
「右かな」
リディアの案内で遺跡の中を進み、一切戦闘もなく次の階層へと続く門を見つけることができた。その門への侵入を阻むかのように、核以外が水で形作られた人型のゴーレムが侵入者を待ち構えている。
ゴーレムは、創り手によって性能が変わるため、見た目からは奴の危険度はわからない。
もしかしたら、殆ど零に近い魔力通り大した個体ではない可能性もあるが、逆に微量の魔力で活動していることを考えると、危険な個体である可能性もあった。
「さて、と──あっ、おいっ!」
俺が口を開くのと同時にアドルフがゴーレムに向かって飛び出していた。
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