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第六十九話 食事処カジキ

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「──終わった?」
 俺の顔を覗き込んできたリディアに声をかけられる。

「……あぁ」
 リディアの首に一筋の汗が垂れていることに気づく。
 ……そういえば、さっきよりも暑くないか?

「どうかした?」
「いや、何でもない」
 不思議そうに首を傾げるリディアに、少し目を逸らしてそう答える。

「少しより、暑くなってきましたね……」
 自身の手をうちわにして扇ぐゴランが、億劫そうにそう漏らした。

「そうだな……」
 何故、ここにきていきなり温度が上がったんだ?
 ──もしかして、この階層に魔物がいないことと、何か関係しているのか?

「一先ず、先を急ごうか」
 少し嫌な予感がしたので、耐熱魔法である【リシング・アハレラ】をそれぞれにかけておく。
 向こうにも一人ずつは魔法職がいるので、向こうは向こうで対応するだろう。

「……ねぇ、さっきよりも暑くなってきてない?」
 暫く探索を進め、俺たちが担当している方面の内、三分の一程を埋めたところで、とうとうリディアが倦怠感を露にした。
 彼女の額は汗に濡れ、布の被服もぴったりと肌にくっついてしまっている。

 俺もこの暑さは異常だと思い始めていたところだが、一番暑いであろう鎧を着たゴランからは、何故かそういった声は上がっていなかった。

「……一度、アメリアたちの方に合流しようか」
 流石に気温の変化が異常なので、一度撤退することにする。

 逃げるように駆け足で帰路に就く中、温度はさらに勢いよく上がり続け、息をするのも苦しくなってきた。

「──ルシェフ」
 突然、声をかけられ、それが誰からのものだったのかを理解するのより早く、俺たちは赤く塗装された門の前にいた。

 駆ける勢いそのままで門を潜り、門の脇に避けて半ば転ぶように座り込む。

「──っ!」
 突如として頬に触れた冷気にビクリと肩を震わせてしまう。元を辿ると、濡らしたフェイスタオルがあり、レオナの姿を確認することが出来た。

「大丈夫?」
「……あぁ。君たちの方は?」
 心配そうに見つめるレオナに微笑み、そう聞き返す。

「私たちの方は、アドルフさんがすぐに運んでくれたから……」
「そうだったのか」
 どうやら、アドルフが早い段階で動いてくれたようだった。

 それにしては、索敵にアメリアたちのものである筈の気配が最後まで向こうにあったが、疲れから勘違いでもしていたのだろうか?

「ありがとう」
「……」
 俺の言葉に、レオナが首を横に振って答えた。

「何で急に階層の温度が上がり始めたのか、心当たりはないか?」
 事情なんて知らないだろうが、取り敢えず横にいるレオナに聞いてみることにする。

「多分、アドルフさんが原因……」
「何かしたのか?」
 俺の問いに、レオナがコクリと頷く。

「うん。何も見つからなくて痺れを切らしたアドルフさんが、ダンジョンの壁を破壊し始めてから、急に室温が上がり出したから……」
「そうなのか」
 何かそういうギミックがあるのだとして、何故そんなことをする必要があったのだろうか?

 一度休憩と共に支度を済ませ、簡単に昼食を摂ることにした。
 その時ゴランを問い詰めた結果、彼が自身の纏う魔力を結界のように硬質化させ、断熱をしていたことがわかった。
 その魔力の気配が一切なかったことやこの世界では少し独特な使い方がされていたのは、その技術が彼の前世の知識によるものだからだろう。

 念のために聞いてみたが、硬質化ができるのは自身の周囲の魔力のみであり、他人に対して同じことはできないそうだ。

「なぁ、レオナ。仮にだけど、俺たちの周囲だけ冷やすことは可能か?」

「絶対ではないけど、【エルロン・スフィア】で囲みながら冷やせば、大丈夫なはず……」
「そうか」
 事前に考えていたのか、レオナから具体的な案が出る。レオナの領域内なら、温度が上がろうと問題はないわけか……。

「そうだ。アドルフ、さっに壁を破壊したとき、なにか気づいたか?」
「あぁ。大きな魔力反応があった。あの壁の材質自体に何かそういった仕掛けがあったのだろう」
「壁の素材自体にある仕掛けか……」
 結局、あの階層をどう攻略しようかという具体的な案が固まらないままに昼食が終わり、昼食後は一度地図の擦り合わせを行う。

「リディア、念のために次の階層がどうなっているか、聞いてもらっても良いか?」
「わかったわ」
 それだけ言うと、リディアがいつものように膝をつき、目を閉じて祈りを捧げる。

「……」
 全員が無言で見守る中、短い時間で目を開けたリディアは、少し難しい顔をして首を横に振った。

「まだ、室温が高いって。聞いた話だと、私たちがこっちに来たときよりも高くなってるって」
「そうか……」
 思わぬところで立ち往生してしまったな……。
 門を潜った後、レオナの【エルロン・スフィア】を使って温度を適温に近づけることは出来るだろうが、正直あまり気乗りはしなかった。

「……もし、暫く時間をおいてからあの階層に挑むのなら、一度町に帰るか?」
 先から少し難しい顔で押し黙っていたアドルフが、重い口を開く。

 正直、どのくらいで室温が元に戻るのかがわからなかったため、それはそれでありかも知れないな。

「町に帰れるなら、お風呂に入りたいです……」
 オリビアもこう言ってるし。

「じゃあ、一回帰ろうか」
 アドルフが町まで転移できる階層まで戻り、彼の転移で町へと帰還する。今回は俺の武器を回収してくるためにも、メルゼブルグへと転移した。

 転移した頃には既に日が落ちそうになっており、夕食時ではあったが、満場一致で宿を先にとることにし、一度時間をおいてから集まることになった。
 その間、アドルフは一度王城へと戻るそうだ。

「じゃあ、行きましょうか!」
 全員揃ったところで、やたらと機嫌の良さそうなオリビアが先導する形で適当な店を探す。

「ここなんてどうですか?」
 歩くこと数分、オリビアが一件の食事処の前で立ち止まった。

「──良い看板」
 店の入り口の上に掲げられた、黒茶の古い木材が使われている看板を見たニコが、感心したようにそう漏らす。
 看板には、“食事処カジキ”と書かれていた。


 東の国で似たような形式の看板を見た記憶があるため、東の国の人間が経営している店なのかもしれないな。

 西の国は、何においても弱肉強食のような概念があり、以外と食事処の移り変わりも激しいのだが、それだけ昔からあるということは、かなり期待のできる店なのだろう。
 ──その分、料金も高そうだが。

「あっ、おい!」
「入らないのか?」
 前触れもなく、ずかずかと店内に入って行こうとするアドルフに声をかけるが、店内に足を踏み入れたアドルフから不思議そうにそう返されてしまった。
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