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04 9年前ー約束ー
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「すまん」
一国の王は、自分より小柄な13才の子供に頭を下げた。
「どうか頭を上げてください」
子供ーークラレンスは、隣国の女王ジェラルディンに慌てて言った。
豪奢な応接室は、白と桃色の大理石の大理石を組み合わせたモザイクの床と柱、壁紙は春の萌木を思わせる黄緑を基調に白い細かな模様の入った、春を思わせる華やかな印象の部屋だった。
イリヤーナは山がちで雪深い国ゆえ春への憧れか強い。そして冬は家の中に閉じ込められることが多いため内装や家具に凝る傾向がある。
少年は、銀の髪と水色の目と白い肌という淡い色彩で、繊細で整った顔立ちと相まって天使か妖精のようだ。部屋の雰囲気によく似合っていた。
対するに、軽やかな色彩のソファーの向かいに座るのは、いかにも異国らしい重厚なワインレッドのドレスに濃褐色の髪の女性。
これが隣国で数々の改革を成し遂げた辣腕家の若き王。クラレンスは緊張して詰まる呼吸を整えた。
顔立ちは絶世の美女という訳ではない。しかし何よりも、強い意思の力を放つ目に、全身から放たれるような生命力に目が惹き付けられるような人だった。
ジェラルディンはイリヤーナ王との会談の後、婿となるクラレンスと二人で話させて貰いたいと願い出た。そして今に至る。
「顔をお上げください。何を謝っていらっしゃるのでしょうか」
「父君から私のことは聞いていらっしゃらないか」
「伴侶となる方とお伺いしています」
ジェラルディンは、子供を威圧しないよう柔らかな表情を保ち、考えを読ませぬ顔と声音で尋ねた。
「この結婚の話について、あなたはどのようにお考えか」
「光栄な話と存じます」
クラレンスは模範解答を答えた。それ以外選択肢はない。
王族が政略結婚するのは当たり前だ。そう教育を受けてきた。
仮に不満があったとしても、外交官が個人裁量で王命を逸脱した発言をしてはならないように、王たる父の決定事項である婚姻を危うくすることは、王族としてありえない。クラレンスはそう思っている。
「ーーふむ」
ジェラルディンは片膝を叩いた。そして高貴な者らしく真っ直ぐ伸ばした背筋を崩し、ぐっと身をのり出して仮面のような表情を脱ぎ捨てた。
「こちらが腹を割らずに、相手に腹を割れと言うのも無理か。悪かった。こちらも腹を割るが、これから話すことは他言無用に願いたい」
クラレンスは、王であり且つ淑女たる筈の人物の振る舞いに瞠目し、戸惑いつつもこくりと頷いた。
「私は政略結婚を否定している。非人道的な上、無意味だからだ」
政略結婚予定の相手を前に、女王はばっさりと切り捨てた。
クラレンスは虚を突かれかくんと口を開けてしまった。
「…無意味」
「政略的な結び付きが必要なら、契約ですればいい。契約書の書面のみでは破棄が心配なら、担保金、保証人、監査、人事、規制、いくらでも契約の確実性をあげる手法はある」
結婚話なのに恋愛云々という甘やかな話は欠片もない。それどころか、高貴な血族の者の義務や、王家への忠誠や、神聖なる婚姻といった従来の価値観をも粉砕する物言いだった。
これは…そう、商人のような視点だ、とクラレンスは思った。精神論より合理性や確実性を重視したものの考え方だ。
「婚姻や血族による結び付きなど迷信にすぎない。嫁いだ娘を切り捨てたり、親兄弟で殺し合うのはよくあることだ。ーー私と上の弟がいい例だ」
自嘲というより、客観的事実というように淡々とジェラルディンは言った。
「しかも、状況は刻々と変化するものだ。10年前の選択が今も最適とは限らない。契約書なら見直しをして修正や破棄することができるが、婚姻は数十年経っても変えられない。離婚は認められてないからな。逆に言えば、安易に変えられないよう、婚姻という『人間契約書』で縛るとも言える。しかしそんな契約は、現状に慢心した特権階級の幻想にすぎない。数十年も時代の変化を反映しない契約書など、黴が生えた無用の長物だ」
またしてもばっさり。しかも、『人間契約書』まで言った。
クラレンスにも、女王がどんな人かだんだん分かってきた。
「更に、政略結婚は人道的に問題だ。自分の家族や性交相手や人生を選ぶ自己決定権を奪う。特に女性や子供のような社会的弱者ほど搾取による犠牲が大きい。神に虚偽の愛を誓うという宗教上の問題もある」
途中になんだか凄い単語が挟まってた気がする。
「そんな訳で私は政略結婚を全否定している。非人道的な上、無意味だ」
最初に結論を言い、理由を箇条書き形式で並べ、最後にまた結論を繰り返す。議論に慣れた人の話法だ、とクラレンスは斜め上の感想をもった。
婚姻相手との初顔合わせで、教師の授業を思い出す会話というのもなんだが。
けれど、まだ13才で、恋愛も結婚も漠然と想像するものでしかない身には、その方がなじみのある分野であり、興味をひかれた。
そして、彼女の考えの新鮮さや聡明さに惹き付けられた。
自分はそれと知らず父がはめた枠の中にいて、その枠の外の世界の広さを垣間見たような気がした。
彼女は自分の倍近い人生を歩んできている。その蓄積した力量に圧倒された。自分は彼女と同じ年頃になった時、これ程のものを身につけているだろうか?
「だから、イリヤーナ王には政略結婚でなく条約や取引を提案した。しかし力及ばず、この結婚話とあいなった。…誠に申し訳ない」
そうか、それで冒頭の謝罪に繋がるのか。
「いえ…むしろ、父が申し訳ありません」
父は彼女の新しい考え方が理解できなかったのだろう。それよりも、昔から自分が馴染んだ手法の方が確実なように感じ、ごり押しした。
我が国イリヤーナは山に囲まれ半ば袋小路のような地形で、玄関口に位置する彼女の国と良好な関係を築くことは重要だ。
だからこそ今回、兵を貸し恩を売った。その恩で王配の地位を買い、そこに据えられたのが自分、という訳だ。
……いたたまれない。クラレンスは、まだ少年らしい細く小柄な体を更に縮めた。
「あなたが謝ることではない。王で、大人である私とイリヤーナ王が決めたことで、あなたはむしろ被害者だ」
結婚相手を被害者呼ばわり、とクラレンスは心で突っ込んだ。しかし言いたいことはわかる。
彼女は言葉はばっさりと直裁的だが、誠実さがひしひしと伝わってくる。
13の子供に、人間として対等に話をしてくれている。父王のように強権的に要求を押し付けることもできるだろうに、きちんと説明してくれた。
そしてその内容は、父すら無視したクラレンスの人格を尊重しようとするものだった。
彼女の真っ直ぐな清廉さに惹き付けられた。
「私は国から政略結婚をなくす」
ジェラルディンは真っ直ぐにクラレンスを見つめ断言した。
「こんな非人道的な古い呪いで苦しむ国民をなくしたい。以前から取り組んでいるが、道半ばにある。今回更に、あなたにも政略結婚を強いてしまう。
だが約束しよう。いずれ、政略結婚をなくしてみせる。あなたを『人間契約書』から解放する。
何年かかるかは約束できないが、あなたが自由になれる日ができるだけ早く来るよう、尽力する」
「…私も、『夫』として、あなたが目指す国を作るのを手伝わせてください」
この人が作る国をみてみたい。
この真っ直ぐな人の進む道は平坦ではないだろう。しかし彼女ならできそうだという希望と、わくわくする気持ちが湧いてくる。
クラレンスは花が綻ぶような微笑みをジェラルディンに向けた。
ーーそして一ヶ月後、女王とイリヤーナ第3王子の婚姻が成立した。
一国の王は、自分より小柄な13才の子供に頭を下げた。
「どうか頭を上げてください」
子供ーークラレンスは、隣国の女王ジェラルディンに慌てて言った。
豪奢な応接室は、白と桃色の大理石の大理石を組み合わせたモザイクの床と柱、壁紙は春の萌木を思わせる黄緑を基調に白い細かな模様の入った、春を思わせる華やかな印象の部屋だった。
イリヤーナは山がちで雪深い国ゆえ春への憧れか強い。そして冬は家の中に閉じ込められることが多いため内装や家具に凝る傾向がある。
少年は、銀の髪と水色の目と白い肌という淡い色彩で、繊細で整った顔立ちと相まって天使か妖精のようだ。部屋の雰囲気によく似合っていた。
対するに、軽やかな色彩のソファーの向かいに座るのは、いかにも異国らしい重厚なワインレッドのドレスに濃褐色の髪の女性。
これが隣国で数々の改革を成し遂げた辣腕家の若き王。クラレンスは緊張して詰まる呼吸を整えた。
顔立ちは絶世の美女という訳ではない。しかし何よりも、強い意思の力を放つ目に、全身から放たれるような生命力に目が惹き付けられるような人だった。
ジェラルディンはイリヤーナ王との会談の後、婿となるクラレンスと二人で話させて貰いたいと願い出た。そして今に至る。
「顔をお上げください。何を謝っていらっしゃるのでしょうか」
「父君から私のことは聞いていらっしゃらないか」
「伴侶となる方とお伺いしています」
ジェラルディンは、子供を威圧しないよう柔らかな表情を保ち、考えを読ませぬ顔と声音で尋ねた。
「この結婚の話について、あなたはどのようにお考えか」
「光栄な話と存じます」
クラレンスは模範解答を答えた。それ以外選択肢はない。
王族が政略結婚するのは当たり前だ。そう教育を受けてきた。
仮に不満があったとしても、外交官が個人裁量で王命を逸脱した発言をしてはならないように、王たる父の決定事項である婚姻を危うくすることは、王族としてありえない。クラレンスはそう思っている。
「ーーふむ」
ジェラルディンは片膝を叩いた。そして高貴な者らしく真っ直ぐ伸ばした背筋を崩し、ぐっと身をのり出して仮面のような表情を脱ぎ捨てた。
「こちらが腹を割らずに、相手に腹を割れと言うのも無理か。悪かった。こちらも腹を割るが、これから話すことは他言無用に願いたい」
クラレンスは、王であり且つ淑女たる筈の人物の振る舞いに瞠目し、戸惑いつつもこくりと頷いた。
「私は政略結婚を否定している。非人道的な上、無意味だからだ」
政略結婚予定の相手を前に、女王はばっさりと切り捨てた。
クラレンスは虚を突かれかくんと口を開けてしまった。
「…無意味」
「政略的な結び付きが必要なら、契約ですればいい。契約書の書面のみでは破棄が心配なら、担保金、保証人、監査、人事、規制、いくらでも契約の確実性をあげる手法はある」
結婚話なのに恋愛云々という甘やかな話は欠片もない。それどころか、高貴な血族の者の義務や、王家への忠誠や、神聖なる婚姻といった従来の価値観をも粉砕する物言いだった。
これは…そう、商人のような視点だ、とクラレンスは思った。精神論より合理性や確実性を重視したものの考え方だ。
「婚姻や血族による結び付きなど迷信にすぎない。嫁いだ娘を切り捨てたり、親兄弟で殺し合うのはよくあることだ。ーー私と上の弟がいい例だ」
自嘲というより、客観的事実というように淡々とジェラルディンは言った。
「しかも、状況は刻々と変化するものだ。10年前の選択が今も最適とは限らない。契約書なら見直しをして修正や破棄することができるが、婚姻は数十年経っても変えられない。離婚は認められてないからな。逆に言えば、安易に変えられないよう、婚姻という『人間契約書』で縛るとも言える。しかしそんな契約は、現状に慢心した特権階級の幻想にすぎない。数十年も時代の変化を反映しない契約書など、黴が生えた無用の長物だ」
またしてもばっさり。しかも、『人間契約書』まで言った。
クラレンスにも、女王がどんな人かだんだん分かってきた。
「更に、政略結婚は人道的に問題だ。自分の家族や性交相手や人生を選ぶ自己決定権を奪う。特に女性や子供のような社会的弱者ほど搾取による犠牲が大きい。神に虚偽の愛を誓うという宗教上の問題もある」
途中になんだか凄い単語が挟まってた気がする。
「そんな訳で私は政略結婚を全否定している。非人道的な上、無意味だ」
最初に結論を言い、理由を箇条書き形式で並べ、最後にまた結論を繰り返す。議論に慣れた人の話法だ、とクラレンスは斜め上の感想をもった。
婚姻相手との初顔合わせで、教師の授業を思い出す会話というのもなんだが。
けれど、まだ13才で、恋愛も結婚も漠然と想像するものでしかない身には、その方がなじみのある分野であり、興味をひかれた。
そして、彼女の考えの新鮮さや聡明さに惹き付けられた。
自分はそれと知らず父がはめた枠の中にいて、その枠の外の世界の広さを垣間見たような気がした。
彼女は自分の倍近い人生を歩んできている。その蓄積した力量に圧倒された。自分は彼女と同じ年頃になった時、これ程のものを身につけているだろうか?
「だから、イリヤーナ王には政略結婚でなく条約や取引を提案した。しかし力及ばず、この結婚話とあいなった。…誠に申し訳ない」
そうか、それで冒頭の謝罪に繋がるのか。
「いえ…むしろ、父が申し訳ありません」
父は彼女の新しい考え方が理解できなかったのだろう。それよりも、昔から自分が馴染んだ手法の方が確実なように感じ、ごり押しした。
我が国イリヤーナは山に囲まれ半ば袋小路のような地形で、玄関口に位置する彼女の国と良好な関係を築くことは重要だ。
だからこそ今回、兵を貸し恩を売った。その恩で王配の地位を買い、そこに据えられたのが自分、という訳だ。
……いたたまれない。クラレンスは、まだ少年らしい細く小柄な体を更に縮めた。
「あなたが謝ることではない。王で、大人である私とイリヤーナ王が決めたことで、あなたはむしろ被害者だ」
結婚相手を被害者呼ばわり、とクラレンスは心で突っ込んだ。しかし言いたいことはわかる。
彼女は言葉はばっさりと直裁的だが、誠実さがひしひしと伝わってくる。
13の子供に、人間として対等に話をしてくれている。父王のように強権的に要求を押し付けることもできるだろうに、きちんと説明してくれた。
そしてその内容は、父すら無視したクラレンスの人格を尊重しようとするものだった。
彼女の真っ直ぐな清廉さに惹き付けられた。
「私は国から政略結婚をなくす」
ジェラルディンは真っ直ぐにクラレンスを見つめ断言した。
「こんな非人道的な古い呪いで苦しむ国民をなくしたい。以前から取り組んでいるが、道半ばにある。今回更に、あなたにも政略結婚を強いてしまう。
だが約束しよう。いずれ、政略結婚をなくしてみせる。あなたを『人間契約書』から解放する。
何年かかるかは約束できないが、あなたが自由になれる日ができるだけ早く来るよう、尽力する」
「…私も、『夫』として、あなたが目指す国を作るのを手伝わせてください」
この人が作る国をみてみたい。
この真っ直ぐな人の進む道は平坦ではないだろう。しかし彼女ならできそうだという希望と、わくわくする気持ちが湧いてくる。
クラレンスは花が綻ぶような微笑みをジェラルディンに向けた。
ーーそして一ヶ月後、女王とイリヤーナ第3王子の婚姻が成立した。
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