勇者の婿取り~強面女性騎士と報奨の王子~

小西あまね

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06 夜会(1/2)

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 王家主催の夜会は、ある話題で持ちきりだった。救国の勇者と元王子の夫妻が初めて社交界に顔を出すと。
 多くは不敬ながらも好奇心。妻は元平民で、しかも顔に大きな傷のある強面の女性騎士、と声高に揶揄する声すらあった。
 これが男性勇者と姫君だったら相当反応が違うだろうに、とヴェルディーンなら眉をひそめることだろう。
 女性には、英雄であるより夫の装飾品としての価値が求められる。

 名が呼ばれ、勇者夫妻が入場する。
 注目していた人々は言葉を失った。二人は経歴のみならず、衣装まで型破りだった。

 二人共、フロックコートに似た膝までの長い上着だった。その下はトラウザーズ。
 上着は腰に切り返しがあり、上体は体に沿い、腰から裾にかけてが広がるような作りだ。
 上着のボタンは上体までなので、腰から下は足を踏み出すたびにトラウザーズが前を割り裾が綺麗な曲線を描く。
 クレシュは銀髪と灰色の目に合わせたように全身白、ヴェルディーンは黒髪と深い藍色の目に合わせたように全身黒。
 二人は身長が同じ位で揃いの服。けれど色は対照的で性別も違う。
 揃いと対比の共存がバランスよく存在し、人々の目を惹いた。

 白と黒の色彩の中で、色味があるのはヴェルディーンのクラバットピン。彼の目と同じ深い藍色の石で台座は銀。そしてクレシュの耳にも、藍色の石と銀の台座の小さなピアスがあった。
 このピアスはヴェルディーンからの贈り物だった。金にあかせた大きな石でなく、気配に敏感なクレシュが疲れないよう、揺れずに耳に固定されるタイプのものだ。こうした心遣いが流石彼らしい。

 クレシュが彼にクラバットピンを贈った時、彼はとても喜んで眺めたり自分に当ててみたりした後、実は私もと言ってこのピアスが渡された。
「二人共、お互いの色を選んだんだね。私の目の藍色と、クレシュの髪の銀だ」
 クレシュは慌てて訂正した。彼に似合うように石を選んだけど、銀にそんな意味は考えていなかった、と。
「まぁ、そうかなとは思った。言ってみたかっただけ」
 ヴェルディーンのいたずらじみた言葉は時々意味不明だ。


 いくつかの儀礼的な挨拶や紹介の後、ダンスの曲が始まった。
 クレシュ達も互いの手をとって踊り始める。
 二人の長い上着はダンスで動くたび華やかに広がる。実はクレシュの方が裾をやや長めに、より布を多目にとってあり、ドレスの裾が広がるような錯覚がもたらされる。

 実はクレシュは招待状を受けとるまでダンスを踊ったことがなかった。しかし練習するとあっという間に上手くなった。
 優れた戦士なので、自分の思い描いたように自分の体をコントロールすることに長けている。
 体幹も強いので姿勢がいい。むしろ強すぎて無理な姿勢でも維持できてしまうので、練習の時はサーカスに出られそうな位アクロバティックな動きをしたが、それは流石に矯正された。
 女性パートとしては動きがやや力強いが、トラウザース姿でのきっぱりした足さばきは壮快で似合っていた。


「その服、よく似合ってる。意外かもしれないけど、白は力強さを感じさせる色でもあるんだ」
 特にフロックコートのような固くしっかりしたデザインだと、きっぱりした強さを感じさせる。
 クレシュは仕事柄顔が陽に焼けているので、中間色だとぼやけた印象になるし、寒色だと顔映りが悪い。白は焼けた肌をひきたててくれた。
 お陰で大量の白粉を塗り込められずにすんだ。
 クレシュのままで似合う服を選んでくれたヴェルディーンとデザイナーに感謝だ。

「クレシュは凄く格好いい人で、綺麗とか可愛いとかより本当にそこがとても魅力的だから、格好よくしたかった」
 その言葉はとても嬉しい。クレシュは騎士として自分を作ってきた人間なので、可愛いより格好いいと言われた方が、自分の本質を理解し肯定してくれていると感じられる。
 ヴェルディーンは人をよく見ていて、こうした心を読み取るのが上手い。ヴェルディーンのこういう所を流石だと思う。

「可愛いなどと言われるよりずっと嬉しい。ありがとう」
「やっぱり? 私も自分が可愛いと言われると微妙な気分になってしまうから」
 ヴェルディーンが笑う。
 黒い衣装の上で艶やかな長い黒髪が躍り軌跡を描くのを、綺麗だなとクレシュは思う。
「ヴェルディーンもよく似合っていて格好いい」
「……え」
 ヴェルディーンがぽかんと口を開ける。王族らしく、表に出す表情をコントロールすることに長けた彼にしては珍しい。
 何故だ。色男の元王子、誉め言葉には慣れているだろうに。
 
「いや、クレシュは騎士団の鍛え上げられた強い武人に沢山囲まれているから、そういう男性を格好いいと思うんじゃないかなと思って。私はそんな男性像から外れてるから」
 何を馬鹿な。あんなのは猿だ。
 幼稚で身勝手な裏側を長年膨大に見てきたクレシュは辛辣に一刀両断する。
 そういえば、彼を素晴らしいと思っていることを、あまり口に出して言うことがなかった気がする。
 無口や不器用を言い訳にするのも怠慢で甘えだ。この際、きちんと伝えておこう。

「ヴェルディーンは今まで私が見てきた中で一番強くて格好いい男性だ。
誠実で公正なものの見方ができて、理不尽に苦しむ人に真摯に寄り添い共に立ち向かう。なすべきことをするために自分の不利や労苦を厭わない。そんな貴方を尊敬している。
あ、あと姿形もとても綺麗だと思ってるぞ!私は外見の良し悪しはよく分からないが、ヴェルディーンはとても綺麗だと思う」
 ヴェルディーンは顔を伏せた。耳が赤い。
「もう勘弁して…私をどうしたいんだ…」
とか小声で呟いている。何故だ。
 そんな彼を可愛いなと思ったが、可愛いとは言われたくないそうなので、口に出すのは控えた。

 ダンスが終われば人々が交流のためにやってくる。社交とはそういうものなのだから仕方ない。
 クレシュは社交界に不慣れな上、平民出身である等の理由で悪意に晒されやすい。ヴェルディーンはクレシュを守るため離れないつもりだった。
 しかし話題の二人には人が沢山集まり捌ききれなくなり、ある程度別行動せざるを得なくなった。
 私もいい大人だ何とかする、それに忘れているかもしれないが私は3つも年上だぞと苦笑してクレシュが離れていくのを、ヴェルディーンは申し訳ない気持ちで見送った。

 ヴェルディーンの元に宰相の娘のグローシェが現れた。上品ながら華のあるドレスと立ち居振舞い。婚約の噂も囁かれたことのある二人の再会に周囲が注目する。
「お久しゅうございます殿下。この度のご成婚、おめでとうございます」
「ありがとう。でも私はもう殿下と呼ばれる地位ではない。新しい生活を満喫しているよ」
「勿体無いことです。ヴェルディーン様の存在感は未だ大きく、政務に復帰してほしいと願う者の声も高いとか。もしもご自身も復帰を願われるならば、当公爵家が全力でお力になる--とお伝えするよう、父から承っています」

 含むところを感じさせる内容だ。グローシェは淑女の鏡というべき、上品で内面を見せない仮面のような微笑みを浮かべている。
「伝言ありがとう。けれど必要ないと伝えてくれないか。私は私の選択を悔いていないし、何より最高の妻を得たことに満足しているから」
「そのように伝えましょう。ヴェルディーン様の行く道に祝福を」

 お手本のような礼をして立ち去るグローシェの後ろ姿を見つめる。--見事なものだ。
 ふと近づいてきた者に気付きヴェルディーンはそちらに顔を向ける。
 彼女は確か--白の騎士団のルーゼル団長。クレシュの上司で、侯爵家当主の姪。
 顔を合わせたことはあった筈だが、クレシュを挟んで縁を持つまで距離は遠かった。
 落ち着いたドレス姿はなじんでいて、年を重ね自分を作りあげてきた者の自信も滲み出ている。騎士団の全ての女性がドレスが苦手な訳ではないらしい。

「ごきげんようヴェルディーン様。グローシェ様に熱い視線を送って、未練でも?言い寄られましたか?」
 厳しい。微笑みつつ目が笑ってない。元王子相手にこれだけ容赦ないとは流石クレシュの上司。
「いいや。彼女は父親からの伝言を伝えに来ただけだよ。そうしたことを子に押し付ける父親は困ったものだ。彼女は父の命令の最低限の義務を果たしつつ礼を失しない、見事な振る舞いだった。聡明な人だね」


 宰相はヴェルディーンに娘を嫁がせようと熱心だった。
 そしてグローシェはヴェルディーンにご執心で、目に余る程の態度で言い寄っていた、というのが世の……というか男側の物語だ。
 男性は「愚かな女が自分に媚を売ってくる」という物語が大好きだが、そもそも、貴族女性の婚姻は父親が決める。「言い寄る」ならその裏には父親の意思やお膳立てがある。彼女らはそんな自由や権限は奪われているのだから。
 スカートを盾にした男と勘違い男のこのゲームがヴェルディーンは嫌いだった。

 グローシェが、父のお膳立てしたグローシェの品位を貶めるような「誘惑劇場」に出演を強制されていて、それを疎んじていたことをヴェルディーンは知っている。
 立場上彼女がそう口にすることはなかったが、無益で馬鹿馬鹿しいこの茶番を覚めた目で見ていることに気付いていた。
 グローシェはこの「誘惑」が上手く行っても父の手駒、上手くいかなければ破滅。一方父親は、娘を搾取できるか切り捨てるかにすぎない。どちらに転んでも「娘は搾取され、父の腹は痛まない」という絶望的な構造なのだ。

 今回も、彼女への父の宰相の命令は、ヴェルディーンに王宮への復帰を薦め、宰相家に恩を着せ、更に彼を誘惑してグローシェを愛妾にさせて宰相派に取り込め……といったところだろう。
 こんな醜い話は娘に言わせず自分で言え、と言いたくなる。直接切り捨ててやるから。
 娘が命令通りヴェルディーンと話しているか、向こうで監視している宰相の目にも気付いていた。

 彼女は最低限の命令遂行をし、父とヴェルディーンの間で綱渡りをしたのだ。
 あくまで「父の伝言のメッセンジャー」としての形式をとったのは彼女の機転だろう。彼女の意思は父とは別だという表明に聡明さと誇り高さを感じる。
 これ程自由を奪われた檻にいる彼女の境遇に同情を禁じ得ない。無論、恋愛感情などではなく、理不尽への義憤という意味で。


 ヴェルディーンが浮気しているなどとクレシュに吹き込まれないよう、彼はルーゼル団長にそんな背景をかいつまんで話した。
 すると、ルーゼル団長は満足げににっこり笑った。
「流石ヴェルディーン様。愚かな女が言い寄って困る、なんて男性のお伽噺を語られるようなら、僭越ながら説教して差し上げようかと思っておりました」
 この人はもう、こういう人なんだろう。不快に感じさせない気風の良さが見事だ。

「ではそんな殿下を見込んで独り言を。
女性には女性のネットワークがございます。
私は宰相家とは相性が悪く交流がございませんが、グローシェ様のご友人の家庭教師の幼馴染みの娘が私の部下におりまして、一緒にお茶を飲めば入ってくる話もございます。
グローシェ様は前から思う相手がいたものの、宰相殿がヴェルディーン様との縁組に執着した諸々のせいで疎遠になったとか。
此度のヴェルディーン様の婚姻は良いきっかけになるかもしれません。
再び縁が繋がれるのか、終わったことは振り返らず新たな道を歩まれるのかは分かりませんが、宰相殿の檻から解放され、グローシェ様の進む道に幸あれと願わずにいられません」
「……そうだね」
 ヴェルディーンは呟き心から賛同した。
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