異世界でワーホリ~旅行ガイドブックを作りたい~

小西あまね

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2章

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「評判いいよー!」
 パンフレットの発売から一週間後、いつものようにオリバーがやってきた。

「低価格にしてるから売上げ金額自体はそう大きくないけど部数は出てるよ。あと、駅やホテルの職員から、パンフレットはどこで買えるかお客さんに訊かれたって報告がいくつも来てて、上司も気にかけるようになった。あと」
「オリバー、まず座れ」
 立ったまま立て板に水と話し出すオリバーにアレクが椅子を示す。

 店内で会議をするのはいかがなものかとも思うけど、高価な本が沢山ある店を無人にするのも良くない。今は一階の店内は客が切れている。2階のリーディングルームには何人かいるけれど。
 貸本は予め会員に渡したカタログから選んで、店頭では借りたい本の番号を言って持って来てもらうのが基本型なので、店頭の本をその場で選ぶお客さんもいるものの、平均的には一階の店に留まる時間はそう長くないのだ。

「キオスクやホテルの職員がお客さんから聞いた感想を持ってきた」
「ありがとう」
 それはぜひ聞きたいところだ。
 オリバーは手帳を開く。

「パンフレットの記事の『鍾乳洞が年間通して寒いし床が水に濡れて滑り易い。上着やショール、滑りにくい靴を用意するといい』ってアドバイスが評判が良かった。特に女性から」
 おお良かった。私自身、アレクから上着を借りることになってしまったから、そこはぜひ、と思った。
「現地でパンフレットを見てから知っても用意が間に合わないかなー、とも思ったんだけどよかった」
「裕福なご婦人だと、別にしていた大きなトランクからショールを出して鍾乳洞へ持参したりできる。それにこう書いたら、遠くない日に誰かが鍾乳洞の近くでショールの貸し出し業を始めるよ」
 そうかもしれない。鍾乳洞の管理事務所自体がやるかも。

 実は、鍾乳洞の管理事務所と湖の案内所から、パンフレットの委託販売の打診が来ている。
 というか、掲載許可をとった経緯もあるので発売の挨拶を兼ねてこちらから様子を聞きに行ったら、そう打診された。
 駅であれだけ売れたので、パンフレットを手に鍾乳洞や湖を訪れた人も多かったらしい。
 そしてそれを見た人が羨ましがり、どこで買えるのか何人も聞きに来たという。
 来場者数や収入は現時点微増に留まっていて、施設側に利益に繋がっているとは現時点判断できないけれど、パンフレットを持ち帰った客の宣伝効果を期待しているそうだ。
 うん、この国では物は使い捨てでなく大事に使い回すし、本や新聞も借りて読み回すもんね。持ち帰ったら人に見せるよね。写真はそうそう撮れないし、インスタグラムで公開とかできないもんね。

 アレクと相談の結果、スポンサーだと公平性の問題が出るかもしれないけれど、委託販売ならいいだろうということになった。そもそもこの鍾乳洞と湖の2つの観光資源がないとこのガイドブック自体成り立たない位密接な関係がある。

 オリバーは続ける。
「何で鍾乳洞は温度が低くて一定なのかを科学的に説明していたり、その地質が形成された太古の昔から街の建物の石材の特徴まで結びつける説明も、知的好奇心を誘って深みがあった、と」
 この辺りは、この国の先人のガイドブックを見て、ニーズがあると判断した。
 しかしこの国の地質や科学をきちんとした出典などを元に正確に書くのに大変苦労しました……。石材については石材屋まで聞きに行ったよ。
 大まかには元の世界の知識でざっと知っているものの、本にするには正確性が必要な訳で。こんなことが書かれている資料を読みたい、という私の言葉で的確に資料本を出してくれるアレクは優秀な司書だ。
 アレクに初めて会った日の説明にもあったっけ。うちの貸本屋は、多くの貸本屋のように大衆小説に偏るのではなく、科学や哲学など学術的な分野の本もあると言っていた。言葉通りだった。

 図書館でも調べたかったが、この街には公共図書館がない。
 私の世界でも、図書館のような役割を果たす場は古代ローマ時代からあったし、中世には修道院図書館が発達したが、近代的な公共図書館がヨーロッパで設立し出したのは19世紀後半からだ。
 寄贈本により私設図書館のような活動を献身的にしている方々もいるが、現代の図書館やネットで学術論文まで閲覧できるサイトのような域までは困難だ。

「身近な持ち物から地質まで、実に幅広いよね。正直、低価格のパンフレットで学術的なことにここまで突っ込んで書くとは思わなかった。知性に富んでいることを自慢したい上流階級にも読み応えあると思う」
 よかった。どの辺がニーズか分からなかったので、読んだ人の感想は本当にありがたい。

「飲食店や店の紹介についてはどうだった?正直、あまり充実できなかったんだが」
 そう。公平性を期すには、全ての店に行って食べ比べしてお勧めを挙げた方がいいけれど、流石に無理だった。何より時間が足りないし、アレクも私もあまり詳しくない分野だ。
 それで、地図のこの辺りに店があるという存在の情報と、街の誰もがお勧めとして挙げるような店を取り上げた位だ。ページ数も限られているし。
「んー……悪くはないけれど、賛否両論で意見も割れてる。通り一辺でなくもっと切り込めという意見も、いい店を自分で探したいから全部載せろという意見もある。富裕層と庶民でもニーズが違うし」
 あー、やっぱりか。検討課題だな。

「ページを増やす次のガイドブックではもっと充実させたい」
 アレクの言葉に、オリバーが目を見開く
「次を出すこと決めたんだ」
「鉄道会社が資金を出してくれるならな」
「うわぁ、跳ね返ってきた」
 既視感のあるやりとりが。
「もう少し待って。まだ売り初めて一週間だから。もう少し実績出たら上司に話しやすいから!テコ入れに何かしたいって下地はあるんだ、上手く話を持っていけば通るかもしれない」
「パンフレット売るの、うちの駅と駅ホテルだけじゃなくてさ、3つ隣の駅にも置いて貰うのはどう?あの保養地から足を伸ばしてこの駅に観光しに来る客が多いって言ってたし」
「面白そうだけど、まだ待って!」
 私の言葉に、頭をわしゃわしゃかき回すオリバー。相変わらず綺麗に纏まる髪だ。

 うちの店にもいくつか評判は流れてきている。中々良かった、ここをこう変えてはどうか、これを入れるべきだ、等々。次を作るなら貴重な情報になるので記録している。
 変わったところでは、表紙の赤い花のスタンプをどう作ったかという質問があって、芋版画を見せたら驚かれた。芋はしなびてしまったので次回はまた彫り直しだ。

 そう、アレクと私は、「次」を想定している。
 アレクも久しぶりに出版業務をやって勘が戻ってきたと言って前向きだ。
 鉄道会社の回答がどうあれ次を作る。規模は応相談だけど。

 そしてその準備のため、私は古着屋のリサに頼もうとしている事がある。
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