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2章
24 冬
しおりを挟む今回は暗めの内容です。あまりそのまま放置したくないので、次話は6時間後に投下します。
*******
何か、違和感を感じていた。
まず、2、3の出版社から断続的に来るようになっていたコラムや記事の仕事の依頼が、ぱたりと来なくなくなった。
こうした依頼は受け始めてからまだ数ヶ月なので、そういうこともあるかもしれない。でも、かなり具体化し進行していた仕事が中止になるなど唐突なこともあり、引っ掛かった。
でもそんなこともある、と気にしないようにしていた。
何度か、店の前にごみが置かれていた。
取材に行った先で邪険な扱いをされた。
生鮮の買い物で街を歩くと、不快な視線を投げ掛けられるように感じた。
一つ一つは、その位気にするなと言われそうなこと。実際、元気な時に一つだけなら跳ね返しただろう。しかし積み重なっていくことで、確実に精神を削られていくのが自覚できた。
アレクには言わなかった。でも二人でいる時に浴びせられた罵声は知っている筈だ。
アレクに相談した方がいいかもしれない。でもーー自分が『悪意を向けられている』と、『貶められている存在』であることを自ら口にするのは、勇気と気力のいることだ。アレクを信用しているかとは別の次元のことで。
心がすくんで先伸ばししたまま時が過ぎた。
「ちょっとよくない状況だ」
いつものようにやって来たオリバーは、珍しく眉間に皺を寄せている。
貸本屋のカウンター周りで、いつもより低めの声で話す3人。
「妙な噂が広まっている。ガイドブックのせいで店が潰れて自殺した人がいるって」
息を飲む。
「本当に?」
「噂があるのは事実。でも自殺者ってのはうちの鉄道会社で調べた範囲では全く見つからなかった」
「うちの本では、肯定的評価の店を載せることが中心で、中傷と受け止められる恐れのある内容自体殆どないはずだ」
アレクが言う。私より驚いていないように見える。私より言葉が達者で伝も多いアレクは、既に噂を耳にしていたのかもしれない。
「うん。つまり、ガイドブックに載せて貰えなくて潰れた、的な。でもそうすると範囲が広すぎるよね。だからうちの会社でも、本当に自殺者がゼロかは調べようがない」
ガイドブックを作る上で、可能な限り公正であるよう目指したし、まして恣意的に情報を歪めたことはない。でも本当に、私の書いた記事で誰か亡くなったとしたらーー胸に重いものがつかえたような感じがした。
「で、ほかにも妙なーー悪意のある噂が流れている。悪質な商売やトラブルがあったことになってたり、個人攻撃も。中には本当に反吐が出るようなものまで。アレクの肌の色を貶めたり、ハナの女性としての尊厳を踏みにじったり、もう耳が腐りそうなのがある」
それは、私達も街や取材先で投げ掛けられたものだ。
自分が悪くないなら、胸を張って悪口なんか気にしなければいい。悪口を言われる側にも問題があるのだーーというのは真実ではない。
理性を欠く野蛮な社会に、全ての手段が奪われた人がすがるための最後の信仰に過ぎない。他者が被害者に言うのは、いじめに参加する自分を正当化する逃避でしかない。
問題が起こったという状況は、人の心を居心地悪いものにする。自分のいる世界が不公平で不完全だという事実を突きつけられ、心の安寧が乱されるのだ。
このため、人は問題が起こった時『被害者に問題があって報いを受けただけだ。問題は起こったのでなく解決したのだ』という結論ありきで思考を組み立てる認知の歪みを起こす。
これは、被害者の非の粗捜しに異常に執着するセカンドレイプの温床の一つでもある。
だから、こうした呪いを真に受け押し潰されなくていい。
私は理不尽な悪意に、怒っていい。自分の非を粗捜しして自分を追い詰めなくていい。
自分に言い聞かせ、深呼吸する。
ーーこうした思考メカニズムの知識があるから、まだ、踏み止まっていられる。そうでなければとっくに病んでいた。
知識は人を強くする。ーー知識があっても、耐え難く辛いことだが。正直、今もかなりしんどい。
「俺も、あとメルヴィンも、君達の本に非があるなんて思わないし、ただ一方的に悪意を向けられた被害者だと思っている。本当に、それは絶対君達に強く伝えたい。
だけどーー会社は、提携するガイドブックの続刊を一時停止するよう言ってきた。力及ばずごめん」
オリバーは金色の頭を深々と下げた。
その夜、アレクと話し合った。
「店の売り上げはーー年会費制だし長年の常連さんが多いからかな、微減位だけど、この先は分からない。
もしこの長年続いた貸本屋が、噂なんかでボロボロにされたらーー先代に顔向けできない。
私がガイドブックだしたせいで、悪意を引き寄せることになった。本当にごめんなさい」
どんな悪意かは分からない。でも、長年続いた貸本屋の歴史でここ数ヶ月のことなのだから、ガイドブックか私か、どちらかへ向けた悪意であることはほぼ確実だ。
私が、異国人がでしゃばることをよく思わないヘイト層もいるかもしれない。人種や異国人への差別を殆ど感じない毎日だったが、そういう層は古今東西いるものだ。
加害者の差別思想のせいなら、私が謝ることではないだろう。というか謝ってしまったら、私と同じ立場の被差別者の分まで私と一緒に差別を肯定してしまう。それはできない。
でも、アレクや店が何も悪くないのに被害を受けた、それが自分が被害を受けるより辛い。
「俺の目から見ても、本に問題はありませんでした。本にも、ハナにも問題はありません。
先代も、何の罪もないハナを責める盾に自分を使うなと怒りますよ。賭けてもいい」
少し微笑んでアレクが言う。微笑んでくれるのは私を元気付けるためだ。そして、アレクと先代の公正で優しい強さに、救われる。
「悪いのは加害者。俺もハナも悪くない。だから一緒に対抗策を考えましょう。ハナもそう言ったでしょう」
私は目を見開いた。
元の世界へ帰れないと分かった日。自分を責めるアレクに私が同じことを言った。
その言葉を、アレクはずっと覚えていたのか。そして、アレクの一部となってアレクの中で生き続けていたのか。
人の言葉を大切に受け止め自分のものにしていく、アレクの誠実さが心に染みた。
テーブルに置いた私の手を、アレクがぎゅっと握った。温かく大きな手だった。
ーー悪いことは続くもの。
その夜から、私は高い熱を出した。世間では、インフルエンザが流行していた。
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