異世界でワーホリ~旅行ガイドブックを作りたい~

小西あまね

文字の大きさ
50 / 59
2章

28 暗闇(アレク視点)

しおりを挟む
 アレクは暗闇の中に座り、手を後頭部にあてた。
 瘤はあるが血はでていない。アレクの背が高いせいで、角度の問題であまり強く殴られずに済んだようだ。怪我は大したことないが、不意を衝かれ地下室に閉じ込められてしまった。

「標的はハナか……」
 いや、一人づつ分断して、まずはハナ、ということかもしれない。
 状況からして、ステファンと男爵はぐるだろう。男爵位の人間が関わっていて、よもやこんな即物的な手口に出るとは思わなかった。まして自分の屋敷でなく一般従業員もいるような施設で。
 しかし、理由をつけて従業員は帰してしまったのだろう。この建物で、男爵とステファン以外を見なかった。

 アレクはドアに何度か体当たりしてみる。材質は木だが丈夫でびくともしない。石造りの地下室なので声も外へ漏れそうにない。地下への階段を立入禁止にしてしまえば、明日従業員が来ても発見されないだろう。
 何より真っ暗だ。窓のない地下室で夜なので、隙間から漏れる微かな光すらない、真の闇だ。

 ーー殴られて、真っ暗な中に閉じ込められた状態は、アレクの古い記憶を刺激した。
 父に殴られ、納戸に閉じ込められた子供の頃。食事を抜かれ、冬の夜気に毛布すらなく凍え死にかけた。納戸に閉じ込められない日も、毎日が暗く閉ざされたような世界だった。
 ーーまるで再現だ、と自嘲する。自分はいくら足掻いても、またこの理不尽な闇に引き戻されるのか、と。

 ーーいや。
 ハナが、光を見せてくれた。
 雷の光のように、暗闇の世界を鮮やかに照らしてくれた。
 今は暗闇に見えても、その中には、今いる場所から地続きに未来へ繋がる道がある。

 心を落ち着け、手探りでゆっくり部屋を端から順に触っていく。
 ほんの僅かな時間だったが、ステファンのランタンの光がドアの隙間から差した時、棚で何かが反射した。あれはーー

「ーーあった」
 金属のフレームに囲まれたつるりとしたガラスの感触。ランタンだ。このガラスが光を反射したのだ。

 ステファンの言った通り、ここは倉庫で、棚や引き出しには研究所で使う備品の予備が置かれているようだ。ランタンはいくつかあった。
 そして、人間の心理として、一緒に使うものは同じ所に仕舞うことが多い。その方が便利だからだ。ペンとインク、洗濯桶と洗濯棒(ドリー)のように。
 ランタンの近くの棚や引き出しを慎重に手探りし、目指すものを見つけた。マッチだ。

 マッチを擦りランタンに火を移すと、黒一色の世界から現実の形が浮かび上がった。 
 アレクは生き返ったような気分で、ほうっと息を吐く。
 部屋を照らすと、狭い密室であることが分かった。石造りの地下室で、外に通じる換気窓すらない。ランタンを寄せ唯一のドアの鍵を調べたが、鍵は丈夫そうだった。

 こうしている間にもハナが危険な目にあっているかもしれない。その焦燥に胃の腑が焼かれる思いだった。
 自分が隙を見せなければ。ステファンの手紙をもっと疑えば。そう自分を責めそうになってふるりと首を振り目を瞑る。
 アレクもハナも悪くない。悪いのは加害者だ。すり替えさせるな。

 ーーアレクはずっと、自分は価値のない者だと思っていた。この世の全てである父がアレクをそう扱ったからだ。
 先代の下で過ごす日々のうちに、その感覚は薄れていったけれど、心の奥底に自己肯定感の低さは残った。悪いことが起こると、自分のせいで起こってしまったかのような気がしてしまう。
 しかしハナは、口癖のようによく『流石アレク』と言う。
 『元々アレクを優れていると認識していたけれど、更に優れていると認識したよ』、という言葉だ。あれほど優秀で完璧で、そして大切な存在であるハナが、そう繰り返すのだ。
 それは、アレクに健全な自尊感情を与えた。歪んだスポイルで自己中心の化け物に育てるような意味ではなく、健康的な意味の自己肯定感を与え、アレクを強くした。
 大切な人に人間として真っ当に扱われることは、こんなにも人を強くするのか、と思った。

 アレクはすうっと目を開く。その目はもう落ち着いていた。
 自分は、暗闇の中に見える微かな道を、進んでいける力がある。そう信じることができる。

 アレクはドア回りを調べた。鍵は頑丈なので、鍵の周囲の戸板を削りドアと鍵を分離するのが、ドアを開ける最短距離だろうと判断した。
 倉庫には丁度いい工具がなかったが、金属片などを使い削り始めた。
 ふと思いつき、もう一つランタンを取り、中のオイルに布を浸し、鍵の周囲に塗りつけ火を着けた。
 木の材質か地下の湿気のせいか、なかなか燃えないですぐ火が消えてしまうが、削られささくれた部分は比較的燃えやすい。削るのと火をつけるのを繰り返すと、より早くドアが抉れていった。
 煙と酸欠で倒れるのが先だろうかと不安もある。コントロールできない火事にするのは危険なので、少しずつしか火を着けず、時に消しながらの作業だったので時間がかかった。
 しかし、最後にアレクが体当たりすると、鍵の部分が木枠にぶら下がったままドアが開いた。

 やっと部屋の外へ出て、アレクは新鮮な空気を吸い息を吐く。
 これからどうするのが最善か?ハナを探しに行く?外へ助けを求める?

 仮に、アレクが外へ出て『ハナがまだ中にいる』と助けを求めたらどうだろう。
 ーー研究所に警察が来て話を聞く。男爵が答える。『いや、そんな女性は知りません』ーー警察は男爵をそれ以上問い詰めないだろう。

 仮に、アレクがこの研究所で火事を起こすなど騒ぎを起こしたらどうだろう。
 ーーアレクが一人でいる現状では、勝手に不法侵入し勝手に放火したと言われ、アレクが捕まるだけだ。
 男爵に招かれ監禁されたと言っても、男爵が知らないと言えばそれが通るだろう。招待状という証拠もあるが、あれはステファンからで男爵のサインはないのだ。いくらでも言い抜けできる。
 騒ぎで建物の中に人が入り、ひょっとしたらハナも発見され助け出せるかもしれない。しかし、既にかなり時間が経っている。別の所に移されていたら終わりだ。


 ーーハナを探そう。
 合流するか、もし捕まっているなら助け出す。
 
 ランタンとマッチは拝借していくことにする。火は今は着けない。
 アレクが脱出に成功し、『敵地』の懐にフリーでいることがまだ気付かれていないのは、こちらのチームのアドバンテージだ。居場所を知られない方がいい。
 幸い地上階は窓から月明かりが入るので、廊下を歩く位なら問題ない。

 アレクは夜目が利く。
 あまり明るくない灯りで暮らすのに慣れているせいもあるが、目の光彩の色が薄いと、濃い色の光彩より弱い光で物を見ることができるのだ、とハナは言った。
 押し潰されるような暗闇の中、微かな光に照らされた廊下が見える。ハナへ、未来へ続く道だ。

 アレクは金色の目で前を見据え、足音を立てないように走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...