転生した俺が貴方の犬になるまで

ぶたこ

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転生

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 クロス様は戸惑って何も言えない様子だった。そりゃそうだ。平民が騎士になれないのはもちろん、今はそんな場合じゃないのだから。でも俺は彼の返事を待たずにサッと顔を上げて自信満々に見えるように微笑んで見せた。

「これで俺は貴方を置いていけなくなりました」

 本来、騎士に任命する儀式では、主人になる方が騎士の肩に触れてから自分の剣を手渡したりする一連の決まった流れがある。それを全部無視して俺ルールで騎士になったことにする。俺も子供だしチート能力もないけど、今彼をここから逃がすくらいの能力はあるつもりだ。地球人の魔法への憧れ舐めんなよ。
 俺は渡されたメダルを胸ポケットに入れてクロス様の手を取った。今度はちゃんと握らせてくれた。推しのおてて! ちっちゃくてぷにぷにしてる。凄い。

「行きましょう。先に入って下さい」

 彼を穴の前まで引っ張って行って先に行くよう促す。クロス様は不安そうに俺を見上げたけど、黙って穴へ入ってくれた。それを見送りつつ、俺は部屋を見渡して穴を隠せそうな物がないか探した。残念ながら何もない。急ごしらえの部屋だからだろうか。物が何も置かれていないのだ。その代わりに、この洞穴式住居には必須であるはずの明かりもない。俺は魔法で視界を確保しているのでカーテンで仕切られた向こうの部屋まで全部見えているが、向こうにいる敵はそうじゃないはずだ。

「暗いから暫くは気付かれないと思います」

 俺も彼に続いて自分の部屋へ移動して枕で穴を塞いだ。そのままにしておくとこっちからの明かりが漏れているのに気付かれる可能性がある。かと言って、魔法で塞ぐと後で説明するのが面倒だからしたくない。それに魔法はプロが見た時に痕跡が残るしな。俺はまだそこまで熟練してないから塞いだ穴がバレバレになっちゃうのだ。
 クロス様は俺のベッドに座って所在なさげに部屋を見渡していた。さすがにこのまま外へ出るわけにはいかないと分かっているのだろう。俺の推しは本当に賢いな。5歳なのに。
 俺は自分の部屋にある籠の中からマントを取り出して彼に渡した。

「これ、着てください」
「あ、ありがとう」

 7歳の俺とじゃさすがにサイズが違ってクロス様にはちょっと大きかった。でも足元まで隠せているのは逆に好都合だ。そうして俺の部屋を出ようとした時、隣から怒鳴り声が聞こえてきた。

「おい! ガキがいねえぞ!」
「何? 暗いからじゃねえのか? 明かりでよく照らせ!」
「照らしてる!」

 その声にクロス様がびくりと震えた。バレるの早かったな。もう少し時間があると思っていた。でも大丈夫。俺の推しには指一本触れさせない。俺はクロス様の手を握って頷いた。

「絶対に手を離さないでください」

 小さな部屋だったので俺が開けた穴はすぐに見つかったようだ。穴は子供サイズだからここから追いかけてこられることはないが、俺たちが家を出る前に玄関の方から敵が突入してくるかもしれない。俺はすぐに二人の身体を魔力で覆って隠れる魔法を使った。一先ず自分の部屋は出て、みんなで過ごす一番大きい部屋の箪笥の陰に隠れる。クロス様は焦った様子で言った。

「見つかっちゃうよ」
「魔法が使えますから大丈夫です。誰かが来ても絶対に声を出さないで」

 詳しく説明している暇はない。もう奴らの声が聞こえる。俺はクロス様の口を片手で覆って、そっと部屋の入り口を見守った。
 どたどたと三人の男たちが部屋に入ってくる。二人は真っ先に俺の部屋に入っていったが、一人はこの部屋に残って家探しを始めた。庶民の小さい家なので隠れる場所はほとんどない。当然、男は箪笥の前まで来て俺たちが座り込んでいる陰も覗き込んできた。
 男と目が合って、クロス様が震えた。が、男はそのまま離れていく。

「いねえな」
「もう逃げたか」
「クソッ!」

 クロス様が吃驚した目で俺を見ているのが可愛い。この魔法には自信がある。こっそり街の外に出るためには必須の魔法だからな。簡単に言うと透明になったように見せかける魔法だ。光を屈折させることで人間の目には見えなくする。ただし、音は遮断していないので喋ったりするとバレる。基本の魔法だがそれを想定して探されない限り見つからない。
 だが、安心するのは早かった。男たちの内の一人がこう言いだしたからだ。

「待て、念のため探知してみる」
「貴族のガキだからな」

 やはり魔法で探すつもりらしい。クロス様が顔色を悪くして俺を見たので、俺はもう一度微笑んで唇の前で人差し指を立てて見せた。俺はマジで隠蔽魔法には自信がある。この魔法は光を屈折させるだけじゃない。探知魔法にも色々種類があってそれにもよるが、俺が想定した探知魔法なら対策済みだ。
 次の瞬間、部屋にゆるい風が吹いた。やっぱりだ。あれは俺が知ってる一番簡単な探知魔法で、風を使った地形把握の魔法。風が障害物にぶつかる反射を探知することで周囲の地形や障害物を探る。ただ、あの魔法には欠点がある。風に対して全く抵抗なく受け流すような物は探知できないのだ。だから、傾斜のゆるいなだらかな丘とか滑空している鳥とかは探知しづらい特性がある。実際に自分で試したから知っている。
 つまり光だけじゃなく風も受け流すようにすれば探知されてもバレないのだ。

「やはり、ここにはいねえな」
「チッ、まだ近くにいるかもしれん。探すぞ」

 男たちはすんなり出て行った。一先ずホッと胸を撫で下ろす。クロス様を見ると心なしかキラキラした目で俺を見てくれている気がした。クロス様は将来凄腕の魔法使いになる人だし今でも基本の魔法くらいは使えるはずだけど、隠蔽魔法はまだ習得していないのかもしれない。
 俺は黙ったまま頷いて見せて、クロス様の手を引いた。なるべく足音を立てないようにゆっくり外へ向かう。音は空気の振動だけど床からも伝わるし、風を受け流すのとはちょっと違う感じだから遮音魔法は俺にはまだ難しい。クロス様は賢いから何も言わなくても音を立てちゃいけないことに気づいてくれたみたいだ。俺に習ってそっと歩いてついてきてくれている。

 ひょっとしたらこの家もまだ監視されているかもしれないと思って慎重に外へ出た。既に家の中に男たちはいなかったが外で見張っている可能性もあったから。外へ出て周囲を観察したところ、少なくとも見える範囲にはいなかった。だからと言って探知魔法を使ったりするとここにいることがバレる可能性があるので、隠れて見張っている敵がいるものと考えて移動するしかない。
 俺はクロス様の手をギュッと握って街の入口へ向かった。

 隠蔽魔法があるからすんなり移動できると思ったら大間違いだ。自分の存在を隠蔽しているということは正面から人が歩いてきても後ろから人が走ってきても避けてくれないということ。自分で誰にもぶつからないように避けながら歩くしかない。しかも、今はクロス様が一緒だ。小さな街とは言え、村ではないくらいの大きさはあるから人もそれなりにいる。その上、岩山の街だから道がそんなに広くない。そんな中を音を立てないようにクロス様が誰にもぶつからないよう守りながら移動するのは本当に大変だった。

(む、むちゃくちゃ疲れる……!)

 傾斜のきつい階段もあるし、時々さっきの男たちとすれ違ったりしてマジでハラハラドキドキだった。が、なんとか街の城壁の門のところまでは来ることができた。門は開いていて黒い竜車が見える。時間がかかったせいか、クロス様のお父さんは姿が見えないものの、深緑の鎧を着た騎士たちがいた。
 クロス様がそれを見て安心したのか、駆けて行こうとしたので俺は手を放して魔法を解いた。

「あ……!」
「もう大丈夫ですね。これ、返しておきます」

 駆けて行こうとしたクロス様だけど、俺を振り向いて立ち止まってくれたので俺は胸ポケットに入れていたメダルを差し出した。クロス様はそれを見て何故だか悲しそうな困ったような顔をした。

「レネ……」

 そうして俺の名前を呼ぶので、俺はびっくり仰天してしまった。いやだって、俺、一回しか名乗ってないのに、あの状況でちゃんと覚えてくれてるの凄くない? さすが俺の推し。こんな怪しい平民の名前まできっちり覚えてくれるなんてあまりにも完璧すぎる。5歳なのに。格好いい……。俺なら一回自己紹介されただけじゃ覚えられないね。
 そんな風に感動で打ち震えている俺にクロス様は追い打ちをかけてくる。

「僕の騎士でいてくれないの?」

 マントのフードの下から俺を見上げる濃い緑色の瞳が潤んでキラキラ光っている。推しにこんなことされて胸を撃ち抜かれない人間がいたら見てみたい。今すぐ跪いてクロス様の靴を舐めてもいい。そんなことしたら嫌われるだろうからしないけど。でも、この時の俺の心の内の狂喜乱舞っぷりは『推し』がいる全ての人に分かってもらえると思う。
 俺は自分の中の興奮を外に出さないようにするので必死だった。そのせいでちょっと沈黙してしまって、クロス様を勘違いさせてしまったらしい。

「ごめんなさい、困らせた」

 クロス様はサッと俯いてそう言った。俺はハッとして慌ててその場に両膝をつき、彼の顔を見上げた。

「違うんです! 嬉しくてびっくりしただけで」
「……本当?」
「はい!」

 俺は緊張しつつも精いっぱいの笑顔を作って、クロス様の右手を取った。そこにメダルを乗せて握らせながら、自分への誓いを口にする。

「貴方が望むなら俺はきっと貴方の騎士になります。でも今は無理だから」
「レネ」
「約束します。貴方に相応しい人間になって貴方のところへ行きますから、待っててください」

 クロス様はメダルを受け取って不安そうな顔をしながらも、最後には俺の目を見つめて頷いてくれた。

「分かった。早く来てね」
「はい!」
「あ、そうだ。僕の名前はクロス・オリバー・ソースイミヤって言うんだ」

 そう言えば、俺が一方的に知ってるだけで名前を聞いていなかった。まあ、貴族のことだから噂で聞いたってことにすれば知ってても怪しまれないと思うけど。でも、クロス様が気付いて自己紹介してくれて良かった。これでクロス様って呼べる、とか思っていたら彼はほんのり頬っぺたを赤くして小さな声で俺に耳打ちした。

「あのね、君ならクロって呼んでも良いよ」

 俺の脳内で爆発が起きた。クロス様は言うが早いか騎士の方へ走って行ってしまったので、返事をすることもできず俺も素早くその場を去った。間違って誘拐犯の仲間だと思われても困るし。
 というか、クロって! ヤバい。ゲーム本来の流れなら、主人公が彼の騎士になって色んな功績を上げて好感度MAXになった挙句に紆余曲折を経て恋人同士になって暫く仲良く暮らしてからじゃないと愛称呼びの許可は貰えないものだ。他のキャラクターなら友達になった時点で愛称で呼べるようになるのに、クロス様だけは別だった。そんな大事な大事な愛称を初対面の怪しい子供に許すなんて。

「無防備すぎる……俺が守らなきゃ」

 ゲームと違い、悲劇が起こらなかったせいでクロス様の人見知りな性格も変わってしまったのかもしれない。それは俺の責任だ。後悔はないが今後のクロス様の人生に影響してしまうだろう。あんなに完璧でカッコよくて有能な人だから人見知りじゃなかったら色んな人に好かれて狙われてしまうに違いない。ゲームで起こることに加えて違う災難にも見舞われるはずだ。
 そんなことは許せない。俺は俺のためにクロス様を全ての災難から守って見せる。

「よし! やるぞ!」

 俺はきっとこのために転生した。待っててください、クロス様。
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