転生した俺が貴方の犬になるまで

ぶたこ

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転生

クロス・オリバー・ソースイミヤ

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 物心がついた頃から自分が優秀な人間であることは分かっていた。それは自惚れでもなんでもなく、ただの事実だ。一度見聞きしたことは二度と忘れないし、周囲の大人が考えていることは言われなくても察することができた。
 だから知っていた。大好きなあの人たちに裏切られていることくらい。

「私はおまえを苦しめたいわけじゃない」

 呼び出されて開口一番にそう言われた。お父様は無表情だったけれど、僕のことを心配してくれているのだと理解できた。お父様は僕と会話する時はあえて言葉を省く。僕にはそれで通用すると知っているからだ。そうしてする会話は僕とお父様にしか分からない内容になる。たとえ長年仕えた執事でもソースイミヤの血筋でなければ理解できない、空気でする会話というものがある。僕からすれば何故みんなが僕らの会話を理解できないのか、そっちの方が分からないけれどそういうものなのだとお父様は言った。

「大丈夫です」

 僕は答えた。僕はこの家の跡継ぎだから、こんな事態にも対処できなければならない。その能力だってある。ただ、まだ決心がつかないだけで。

「今すぐにやらなければいけないことじゃない」

 お父様は相変わらず無表情で、それでもその言葉は優しかった。今回は僕の代わりに処理しても良いと言ってくれているのだ。みんなが厳しいと評価するお父様が本当はこんなにも僕に甘いことを僕だけが知っている。本当は全て僕が自分で選んだ道なのだ。お父様はそれを見守ってくれているだけ。僕もこの家の人間だから。

「やります」

 僕が短く宣言するとお父様は目で微かに頷いた。僕に任せてくれるらしい。これを僕ら以外の人間が知ったらきっとお父様を非難することだろう。厳しすぎると、虐待だと言われるのかもしれない。でも僕らの中ではそうじゃない。これは乗り越えられる試練だ。僕にはその能力があるのだから。

***

 捕まって連れていかれたのは遠い街の暗い洞穴だった。ここに来るまでは目隠しをされていたけれど、魔法使いの一族である僕にはここが皇都からどの方角にどれくらい離れた場所であるのかまで分かっていた。彼らの計画は事前に調べて全て知っていたし、わざと攫われるような真似をしてまでここに来たのはどのくらいの規模の集団なのか、黒幕がいれば誰なのか、それを知りたかったからだ。
 そして、その答えももう分かった。黒幕なんていない。彼らはそこら辺のごろつきで、僕はお金で売られただけなのだと。

 だから、もう大人しくここにいる必要なんてなかった。逃げようと思えばいくらでも逃げられるし、一人で奴らを捕まえることだってできる。お父様も近くで見守ってくれているから後は僕が決断するだけだ。そう考えながら、僕はただ冷たい石の床に転がっていた。やろうと思えばすぐにでも彼らを処理できるのに、全然やる気が起きなかった。
 だって、やる意味が見出せなかったから。誘拐犯を捕まえて裏切り者を処罰して、それでどうなるって言うんだろう。やらなきゃいけないのは分かってる。僕はあの家の人間だから強い心を持っていなくちゃいけないんだ。そうするってお父様とも約束したんだ。
 それなのに。

「グスッ」

 一人で暗闇に転がっていたら涙が出てきた。本当は分かってる。僕は弱くて、あの人たちを嫌いになることができなかった。たとえ裏切られても切り捨てるのは嫌だった。お父様に任せたらきっとあの人たちはもっと酷い目に遭うに違いないから、自分でやるって言ったけど。まだ僕には決心がつかない。
 そんな時だった、突然、真っ暗闇に橙色の光が差したのは。

 ゴッと言う鈍い音に驚いてそちらを見ると、壁に大きなボールくらいの穴が開いてそこから男の子が顔を覗かせていた。驚いたけれど、泣いていた僕を見て無邪気に歯を見せて笑ったその子の表情からは何の裏表も感じなくて、なんとなく胸が暖かくなった気がした。

 こちらの部屋へ入ってきた彼は僕よりも少し背が高く、たぶん一歳か二歳くらい年上だろうけど、10歳にも満たない子供であることは明らかだった。にもかかわらず、とてもスムーズに当然のように魔法を使いこなしていて驚いた。暗闇で視界を確保し僕を捕えていた魔道具を簡単に壊したものだから、警戒せざるを得なかった。
 僕も魔法は使えるけれど、それは僕が特別なだけで普通の子供はこんな繊細なコントロールを必要とする魔法は使えない。暗視の魔法は魔力コントロールを失敗すると目が痛くなり下手をすると失明する可能性があるし、拘束の魔道具を外から壊す時には拘束されている人間を傷つけないようにするのが案外難しいのだ。

 警戒する僕に、彼はレネ・ルフィーナと名乗った。僕を助けに来たと言ったけど、もしかすると罠かもしれない。僕が拉致されたと知って割り込んできた他の勢力か、もしくは僕に恩を売っておいて利用しようとしているのかも。

「行こう、俺の部屋から逃げられる」

 だから、僕の手を取ろうとした彼の手を思わず弾いてしまった。

「僕、ここにいる」

 驚いた彼の顔を見て、しまったと思ったけれど後の祭りだ。もしこれが罠なら、気付いていないふりをするべきだったのに。

「え? あ、大丈夫! 貴方のお父さんもこの街まで来てるんだよ」
「それは……知ってる。でも、僕は行かない」

 仕方がないのでそのまま会話を続けたら、彼はお父様のことも把握しているみたいでますます怪しかった。こうなったらもう仕方がない。今回はやはりお父様に助けてもらうのが良いだろう。誘拐犯だけなら僕でもなんとかできたけど、この子のことは僕では判断がつかない。
 僕は体の中からソースイミヤの印章を取り出した。これも魔道具でソースイミヤの人間ならこれの位置を察知することができる。だから、勝手に売ろうとしたりソースイミヤ家を騙ろうとしたりなんてことはできない。つまり、これをレネという男の子に渡しておけば、彼がどうするにしろお父様には僕のメッセージが伝わる。

 そんな風に考えて印章を手渡したのに、彼は僕の予想を上回ってきた。

「俺を貴方の騎士にしてください」

 突然そんなことを言って僕の前に跪くんだもの。僕は元々お喋りな方じゃないけど、言葉を失うってこういうことなんだなって思った。彼は子供なのにその仕草が凄く様になっていて、それも驚きだった。彼は一体何者なんだろう。

「これで俺は貴方を置いていけなくなりました」

 彼は呆気にとられる僕を見て笑った。それが全然嫌な顔じゃなくて、とっても楽しそうで、なんだかついて行きたくなってしまった。彼の魔法の実力から見て、もしも罠だったら僕でも危険かもしれないって分かってたのに。
 駄目だと思いつつ、手を握られたら彼の手が暖かくて思わず握り返した。

 促されて彼が入ってきた穴から移動すると、そこは橙色の明かりに照らされた素朴な部屋だった。簡素なベッドに、衣類の籠、加工途中の動物の骨なんかが置いてある。僕が捕まっていた部屋は凸凹した洞穴って感じだったのに比べ、こっちの部屋は住居らしく綺麗に削られていた。
 彼が言った通り、本当にここに住んでいるんだろうか。

「これ、着てください」
「あ、ありがとう」

 部屋に気を取られていたら彼がマントを貸してくれた。決して上等なものじゃないけれど、洗濯してきちんと折りたたんで収納してあったみたいだ。着てみると引きずるくらいではないものの少し大きくて、兄弟のお下がりを着ているみたいな気がして不思議と心が弾んだ。

「おい! ガキがいねえぞ!」
「何? 暗いからじゃねえのか? 明かりでよく照らせ!」
「照らしてる!」

 そうしたら隣から奴らの声が聞こえてきて、ハッとした。僕は何を考えているんだ。今は和んでいる場合じゃないだろう。そう思って緊張感を保とうとするのに、また彼が僕の手を握るから集中できない。誘拐犯のことより、この子の方が余程脅威だ。

「絶対に手を離さないでください」

 僕は大丈夫だから手を離してって言おうとする前に、彼が真剣な目でそんな風に言うから何故だか拒絶できなくて。
 僕が戸惑っている内に、彼はまた何か魔法を使ったみたいだった。暖かな魔力が僕を包み込んで心地いい。
 何の魔法なのかと思っていたら特殊な幻術の魔法だったらしく、僕はまた驚かされた。自分を他人から見えなくするなんて暗殺者が使うような魔法、余程必要でなければ普通は習得しない。大規模な幻術ならまだ分かるけど、自分の指定した部分だけを違和感なく視認できなくするには熟練の技が必要だって魔法の先生が言ってたのに。

「念のため探知してみる」

 ただ誘拐犯の男も意外と侮れなかった。僕がソースイミヤの人間だから普通より警戒したのだろう。探知魔法を使うらしい。さすがに探知されたら見つかると心配して彼を見たら、彼はまた笑っていた。悪戯を仕掛けるみたいに、やっぱり楽しそうに。

 ドキドキした。何が起こるんだろうって思って。

 僕はあいつらを捕まえなきゃいけないのに。それから裏切り者を処理しなきゃいけないのに。ソースイミヤの後継者として、自分でできるようにならなきゃいけないのに。そんなことより、彼の、レネのすることを見ていたくなった。

 レネは凄かった。どうやったのか僕には全然分からなかったけど、探知魔法にも引っかからなかったし、僕らを隠す魔法を維持しつつ僕を街の門のところまで連れて行ってくれた。
 レネの使っている魔法は放ってしまえば終わりの攻撃魔法とは違う。魔法をかけ続けるということは、その魔法に必要な魔力コントロールを維持し続けるということ。しかも、さっきも言ったようにレネの魔法は特別難しいタイプのものだから、それを自分と僕にかけ続けながら移動もするって本当に凄いことだと思う。

 僕は僕のことを特別だって思っているけど、きっと僕より特別な人がこの世界には沢山いるんだな。レネはその内の一人なんだ。格好いいな。

 レネは僕が誰にもぶつからないように手を引いて、時々はよろめいたのを抱きとめてくれたりして、凄く大事に守りながら歩いてくれた。まるで本当に僕の騎士みたいだった。魔法を維持しながら移動するのはレネでも大変だったみたいでちょっと息切れしていたけど、汗ばんだ横顔がむしろ頼もしく見えた。
 レネが何者でも良い。友達になりたい。レネが本当に僕の騎士になってくれたらいいのに。

 移動する間そんなことばっかり考えていたから、お父様の竜車が見えた時、お父様にレネを紹介したくて駆けだしてしまった。そしたら彼が手を離したから吃驚して振り向いた。

「あ……!」
「もう大丈夫ですね。これ、返しておきます」

 彼はそう言って胸ポケットに入れていた印章を僕に返そうとしてくる。それを見た瞬間、僕はハッと気付いた。主人の印章を胸に掲げるのは主人に忠誠を尽くすという騎士の誓い。レネは正式な騎士の誓いをしたわけじゃないけど、裏切った騎士は魔道具である印章の力で命を奪われることもある。
 きっとレネは知ってたんだ。本当に僕を助けたくて信用してもらうためにあんなことを言ったんだ。
 レネがあの穴から顔を覗かせた時、僕は泣いてたから、彼は僕のことを何にもできない貴族の男の子だと思ったのかもしれない。

 だとしたら、印章を返すのはこれでお別れを意味する。僕は急に悲しくなった。

「レネ……僕の騎士でいてくれないの?」

 ちょっとしか一緒に居なかったのに僕はいつの間にかレネのことが大好きになっていた。だからお父様にも言ったことがないような甘えたことを言ってしまった。レネは返事をしてくれなくて、もっと悲しくなって俯いた。

「ごめんなさい、困らせた」
「違うんです! 嬉しくてびっくりしただけで」
「……本当?」
「はい!」

 そうしたらレネは僕の目の前に膝をついて視線を合わせてくれた。そう、大好きだったあの人みたいに。でもあの人よりずっと優しくて楽しそうな弾んだ声をしてて、うんと甘えたくなる。

「貴方が望むなら俺はきっと貴方の騎士になります。でも今は無理だから」
「レネ」
「約束します。貴方に相応しい人間になって貴方のところへ行きますから、待っててください」

 レネは僕の欲しい言葉をくれた。少し怖くて、凄く嬉しい。レネはあの人とは違う。もっと有能だから、簡単に僕を騙すことができると思う。でも、僕が頑張って本当に凄い魔法使いになれば、レネも僕のことを好きになってくれるかもしれない。もしレネが僕の敵でも、僕の傍にいた方が良いって思えるくらい僕が凄い魔法使いになれば。
 僕は僕からも何か約束を残したくて、凄く勇気を出して内緒話をするみたいにレネの耳に手を当てて囁いた。

「あのね、君ならクロって呼んでも良いよ」

 こんなことを言うなんて、なんだか僕が僕じゃないみたいだ。恥ずかしい。恥ずかしすぎてレネの返事も待たずにお父様のところへ戻ったから、マントを返すのを忘れていた。彼には悪いけど、このマントはいつか彼が僕のところへ来るまで借りておこうと思う。約束の証に。

 竜車に乗り込むと、お父様が頭を撫でてくれた。誘拐犯たちのことは処理してくれたみたいだ。自分でやらなきゃって思ってたことはもうどうでもよかった。そんなことより、今日はちょっとだけお父様と沢山お話しようと思う。レネみたいな子がいるなんてきっとお父様も知らないと思うから。
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