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第四章 Bay City Blues (ベイシティ ブルース)
52. 接近
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「お前は海上着水の経験くらい無いのか?」
アデールの呆れた声が響く。
俺は軌道降下用ポッドでルポルア沖2Km辺りの海面に時速700km位で着水しようとして、ものの見事にひっくり返り、ポッドは岸まで1kmほど残して海に沈み、残りの距離を自分の脚を使って海底散歩する羽目になっていた。
対してアデールは、ほぼ俺と同じところで着水し、そのまま海面を滑る様に移動しながら減速して、ビーチから200mくらいのところでポッドを海底に沈めることに成功していた。
「着水用のスキッドが無い機体で着水する時は、重心線を水平に保つのは基本だぞ。下手に前上げするから尾部が弾かれてひっくり返るんだ。」
そんな事を言われても、普通宇宙船は海上に着水したりはしない。知っている訳が無い。例え着水するにしても、ジェネレータを使って海面に垂直にふわりと降りるだろう。
どのみちビロルナエに降下する時だけの片道利用で、帰りに使う予定の無い降下用ポッドだったので、海の底に沈もうがどうしようが惜しげは無いのだが、AEXSSを着てなお水の抵抗で歩きにくい海底を延々とビーチまで歩かされるのはうんざりだった。
「やっと来たか。急ぐぞ。夜が明けてしまう。あの派手な着水は、多分人に見られている。通報されていたら面倒だ。」
海水を滴らせながらビーチに上がった俺を待っていたのは、遠慮の無いアデールの言葉だった。
降下用ポッドには、その用途上ステルス関連の機能が満載であったため、滑空中に探知されたとは余り考えられないが、アデールの言う通り海岸近くで派手に水しぶきを上げ、大きな音を立てたあの着水は夜の闇の中でも誰かに見られた可能性がある。
いずれにしても急いで移動して、予定された作業に取りかかった方が良いのは確かだった。
海岸を横切り街並みの中に入り込んだ俺達は、当初の計画通り行動した。
先ずは繁華街に行き、適当な路地を見つけて潜り込む。
俺達が持っている携帯型の量子通信端末を使って、我らが電子戦チームが周囲のアクセスポイントからネットワークに潜り込み、周辺のネットワーク状況を確認する。
レジーナとの距離は数十万km程度しか無いので、携帯型の量子通信端末で十分に通信が可能だ。
その後、ブラソンの指示に従って再度場所を移動して、人目に付かない所にニュクスから預かったナノボットバーを転がす。
ナノボットはその辺にある適当なガラクタを溶かしながら、最も近いネットワーク回線に対して、目立たない様に量子通信用のアクセスポイントを形成する。
あとは、ブラソン達のやりたい放題だ。
ブラソン達がビロルナエ上のネットワークに潜り込み、ハファルレアが監禁されている場所を割り出している間、俺達現地の実行部隊は少しの間だけ暇になる。
繁華街の路地裏に転がっているガラクタに腰掛け、やっと辺りを見回す余裕が出来た。
惑星パイニエと同じパイニエ人が主に居住する惑星ではあるが、パイニエで滞在したスペゼ市とは様相が異なっていた。
同じ海沿いの街ではあったが、ビーチリゾートとして発生し、歓楽街を中心に発達したスペゼには、街そのものが何処か熱に浮かされた様な、開放的な活気を纏っていた。
町並みにも、街路樹や公園の敷地に植えられた南国を思わせる広葉樹が目立ち、銀河種族にしては珍しい色とりどりの看板やディスプレイが並び、建造物も余り高さの無いものが多く、道幅も広かったため、街全体が明るく開放的な雰囲気に包まれていた。
それに対して、物流の拠点として開発され、港とオフィス街を中心に発展したこのルポルア市は、雑然としつつも静かで落ち着いた雰囲気を感じる。
同じように広葉樹の街路樹が多いのだが、どちらかというと街の景観を整えるために慎ましやかに植えられている、という印象を受けた。
街中の看板などもシンプルなものが多く、スペゼの通りの様に色が乱れ飛んでいる、という印象は無い。
硬質な高層建築のオフィスビルが多く、道幅も狭いため、普段広々とした宇宙を飛び回っている俺など、地上を歩いているとビルの谷間に落ち込んで押しつぶされそうな薄ら寒い感覚を覚える。
少し薄汚れて様々なゴミが風に舞うこの裏通りから、ぼんやりとした街の明かりを映す曇天の雲に黒々と突き刺さり、点々と明かりが点いて威圧する様にそびえ立つその摩天楼群を見上げると、不思議と自分が惨めな存在になった様な気分にさせられ、訳も無く苛ついた気持ちになるのを覚えた。
「見つけた。生きている。ちょっと待て。位置を特定する。」
そんなやさぐれた気分の俺の頭の中にブラソンの声が響いた。
「特定した。その街から北西方向に内陸に50kmほど離れた所に建っているコテージの様な建造物だ。周囲は山と森ばかりで、数km以内に目立った建造物は無い。連中、やる気だな。」
「こちらからハファルレアにコンタクトを取っていたことはバレている。当然、こちらが奪還に動くと考えているだろう。多分、コテージの周囲は罠だらけだ。下手をすると、中に入った瞬間に一帯丸ごと素粒子化、なんて事になるかも知れん。」
ブラソンからの状況連絡に対してアデールが余り聞きたくない予想を述べる。
うんざりだ。
「準備万端の罠に突入か。怖くてチビってしまいそうだ。コテージに他のIDは?」
「九人いる。ステルスIDは不明だ。ちょっと待て。コテージに侵入する。」
惑星上のネットワークに直接侵入が出来る量子通信アクセスポイントを置いたので、ネットワークが繋がっている限りブラソン達はこのビロルナエ上のどこまででも侵入する事が可能となっている。
勿論それは、ブラソンとノバグのハッキングの腕があるからこその話だ。今回はさらにメイエラまでもがチームに加わっている。
この惑星上、いや、多分、銀河系中を探しても、このチームを止められる者はいないだろう。地球圏以外には。
地球圏にはAIが多数居住している。システムハッキング対策を生業としているAIも多数いる。
「シルボエ? とか言うこの星ローカルのヤクザか、傭兵団の様だ。バペッソからの依頼を受けて動いているらしい。全員がLASを着用しているな。
「ああ、これは明らかに罠だな。良くある大きさの別邸か別荘と云った所だが、家庭用ジェネレータが三つも設置してある。宇宙船でも動かせそうなほどのパワー供給量だ。
「ざっと見ただけで、物質転換機が一基、200mm程度の自動レーザー銃が二十基、20mmのコイルガンが六基、小型重力ジェネレータが八基、短距離複合センサーが四基、電子機器攪乱用のフィールドが二基、おや、大型の量子通信ユニットもあるな。ちょっとした軍事拠点だ。」
聞いただけで嫌になってくる様な重武装だ。今すぐジェネレータを全開にして、レジーナに帰りたくなってくる。
「まあそう気に病むな。今名前を挙げた武装は、お前たちの攻撃開始と同時に無効化してやる。それよりも、ネットワーク制御されていない対人地雷とかの方が問題だろう。これは、俺達にはどうにも出来ん。」
「良いかの? マサシや。お主が今居る周りのガラクタをちょいとかき集めてくりゃれ。空力の偵察用プローブを作ってやろうぞ。なに、十分程で済む。」
攻める側も、防御側も、もうすでに民間レベルの武装では無い。
とは言え、この状況を突破しないことにはハファルレアの身柄を確保することは出来ず、ブラソンからの依頼も完了出来ない。
十分ほど待ち、ニュクスが作ってくれた、AEXSSのジェネレータユニットよりも一回り大きい程度の円盤型の偵察用プローブを背中に担いで潜伏場所を離れる。
夜明けまであと数時間しかない。俺達はAEXSSで強化された脚力にものを言わせて、地上走行型のビークル並の速度で街の外に出た。
そのままアデールと二人、地上の道路を走ってハファルレアが捕らわれているヤクザたちの拠点を目指す。
30分ほど走って、アデールに制止された。
「例の別荘まで10kmだ。人命がかかっている。慎重にいこう。偵察プローブを飛ばせ。」
俺は背中に担いでいたプローブを地上に置いた。
円盤を形成している外殻が何カ所か動き、噴出口らしきものが現れたと思うと、プローブは軽い音を残して上空に飛び去った。
「重力は使わぬ。噴出する気流と、空力だけで飛ぶプローブじゃ。もちろんステルスは付いておる。連続で20時間は使えるから、十分じゃろう。」
プローブが飛び去った方向を見上げるが、夜の闇の中、光学迷彩をかけているのかすでにプローブの姿を確認することは出来なかった。
ただ青色の小さなマーカーが、そこにプローブが浮いていることを示している。
「お主等、そこで止まって正解じゃったの。あと1km進んだらセンサーとトラップがあるわ。マッピングを送るぞえ。」
ニュクスの言葉とともに視野の中に開いている地図上に赤色のマーカーが次々と現れていく。
プローブが例の別荘に近付くに従って、別荘近くの細かな地形と、そこに設置してある様々な罠やセンサーが明らかになる。
「ほう。単分子ワイヤのトラップまで検知するか。優れものだな。」
「なんの。失われた技術じゃよ。で。出来る乙女のおすすめルートはこれじゃの。」
ニュクスの声と共に、赤い点が乱れ散るマップ上に、一本の緑色の線が引かれた。その緑の線は、今俺達がいる場所から始まり、複雑に曲がりながら赤いマーカーの中を縫って、そして反対側の端は別荘に到達している。
「成程。私も同意する。それで行こう。」
少し時間をおいて、アデールがニュクスの提案に同意を示した。
「AARにセットするぞえ。」
ニュクスの声とともに、視野中央に一本の細い緑色の線が引かれた。この線に沿って移動しろと云うことだろう。
「緑の線が見えるかの。この線から3m以上離れぬ様にな。3mで感知範囲ギリギリの物もあるからの。赤い線の外に出ぬ事じゃ。」
ニュクスの言葉と同時に、緑の線から少し離れた両側に太く赤い線が表示された。至れり尽くせりだ。
「ありがたい。これなら素人丸出しのお前でもうっかりセンサーに引っかかることはあるまい?」
バカにしやがって。しかし、アデールからそう云われるのも無理はない。
俺は所詮喧嘩慣れした程度の船乗りでしか無く、様々な訓練を積んだ情報部のエージェントでも無いし、そもそも陸戦隊の兵士でもない。そのような訓練を受けたことさえない。
地球人特有の反応の早さ、攻撃性、身体能力の高さに併せて、AEXSSのパワーと速度の助けがあって戦っているだけであって、例えば地球人同士でやり合えば、ただの喧嘩に強い奴程度でしかない。
本来ならこういう突入作戦を実施すべきではないのだ。アデールからまるで信用がないのも当然だ。
「そう気を落とすな。素人のただの船乗りにしては使える奴だと思っている。」
そう言って横に立っているアデールから背中を叩かれた。
喜ぶべきなのか、落ち込むべきなのか。
「現在時刻が0233時。今日の夜明けは我々の時計で0547時だ。夜明けまであと164分ある。夜明け前30分位で明るくなることを考えると、あと130分程度、0500時頃には最低限別荘に突入終了しておかねばならない。出来ればそこまでに脱出しておきたいところだ。急ぐぞ。」
アデールはそう言うと、先ほど俺の背中を叩いた右手で拳を作り、俺の左肩辺りを叩いて前に進み始めた。
一つ小さなため息を吐いて俺も後を追い始めた。
実際のところ、隠密行動でセンサーや罠を避けながら移動しているとは思えないほどに移動は楽だった。
ニュクスが引いてくれた緑の線を辿って歩くだけでよく、また巡回型のプローブは上空に滞空している俺達の方のプローブが全て発見してその位置をマップ上に反映してくれる。
木や岩を避けるために緑の線から少し外れた場所を歩く場合、赤い線から1m以内に近付くと警告音が鳴った。巡回型のプローブが200m以内に近付いたときも同様だった。
俺がするべき事は、音を立てたりしないように足下と前方に注意しながら歩くだけで良く、実際のところとても拠点侵入や隠密突入作戦といった厳しい緊張感のあるものではなかった。
別荘から1km程度に近付いたところで、前を行くアデールが突然立ち止まり、右手を上げて俺に止まるように言ってきた。
彼女のすぐ後ろで姿勢を低くして立ち止まる。
「別荘が直接見えるようになった。見張りが立っている。ここで突入の準備をしておこう。」
暗視モードでアデールが指す方向を見れば、木々の間から別荘の光を窺うことができた。
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