看守の娘

山田わと

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Echo51:誓いの儀

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 祭壇の前には、幾重にも組まれた丸太が高々と積み上げられていた。
 火が放たれた途端、夜空へ向かって炎が勢いよく立ちのぼる。
 乾いた木がはぜる音が絶え間なく響き、火花がぱらぱらと弧を描きながら四方へ散った。

 炎は巨大な舌を伸ばして闇を呑み込み、橙から白へ、そして青みを帯びた光へと絶えず色を変えていく。

 熱が離れた場所にいる人の顔にも伝わり、風のように服のすそをふわりと持ち上げた。
 やがて、燃えさかる柱のような炎を前に、ざわめきが静まりゆく。

 祭壇の脇に立った村長が一歩前へ進み出た。皺を刻んだ顔は赤い光に照らされ、影と炎とが交互にその表情を浮かび上がらせる。

「この火は、大地の実りを讃え、神々に感謝を捧げる印である」
 しゃがれた声が広場を通り抜けていく。
 村長はゆるやかに両手を広げ、炎を背にして言葉を続けた。
「今宵、わたしたちはこの火を証として、ふたりの結びつきを見守る。炎が夜を焦がし、灰が空へ昇るように、彼らの歩む道が絶えることなく続かんことを」

 秋祭り最大の見せ場である「婚姻の儀」の始まりの合図に、人々は拍手を送る。

 アリセル、ルネ、ユーグ、そしてデイジーの四人は、並んで立っていた。
 両親とその知人たちは、少し離れた場所から様子を見守っている。
 アリセルは憂鬱な気持ちを和らげようと、そっと溜息を吐き出した。先程、苛立ちに駆られて、両親と知人たちに言い返してしまった件が尾を引いていた。

「アリセル、疲れている?」

 ルネがひょいっと顔を覗き込んでいた。
 気遣うような青い瞳に、アリセルは微笑みかける。
「少しだけ……。でも大丈夫です」
「無理しないでね」
 柔らかい声で告げてから、ルネは祭壇に目を向けた。
 彼の眼差しは、互いに誓いをたてる若者達を前にして、眩しそうに細められていた。
 その横顔に、アリセルの胸にはかすかな痛みが生まれた。
 もしすべてが別の形をとっていたなら、自分と彼こそがあの炎の前に立ち、誓いを交わしていたのかもしれない。ルネは今、そう考えているのではないだろうか、と。
 そう思うと、喉の奥に淡い罪悪感が広がる。

「私たちも今宵、誓えば良かったわね。ねぇ、ユーグ」
 隣でデイジーが甘えるようにユーグを見上げる。
 ユーグは炎に照らされる横顔を少しだけ綻ばせて、短く答えた。
「デイジー、今までありがとな。……お前との付き合いは、ずいぶん役立ったよ」
 その声はアリセルの耳にも届いた。
 ユーグが「ありがとう」と告げるのは、今日で二度目だった。
 彼の声音は穏やかだが、その意味が分からず、得体の知れない不安が胸に広がる。
 礼の真意を測りかねたのはデイジーも同じだったらしい。彼女は小さく首を傾げた。
「今までありがとうって、それ、どういう意味?」
 ユーグは答えを返さず、唇の端をわずかに持ち上げる。
 その微笑みは、どこか冷えた光を帯びていて、アリセルは彼の横顔から目が離せなくなった。

 ふと、視線に気づいたのか、ユーグがどうかしたのかとでも言うようにこちらを見やる。

 アリセルは首を小さく振り、なんでもないと伝える。
「ではまず、この夜の祝福を受ける最初の一対を……」
 祭壇の上で村長が告げると、呼ばれた若者ふたりが、人々の間から進み出た。
 互いに手を取り合い、炎の前に立つと、村長に促されるまま口を開いた。
「この炎を証に、君と生涯を共に歩むことを誓う」
「同じ炎を証に、わたしもあなたを生涯の伴侶とする」 
 厳かに交わされた声は、夜気の中に澄んで広がり、静けさの中に溶けていった。
 二人はゆっくりと顔を寄せ合い、唇を重ねる。人々は息を呑み、篝火のはぜる音だけが夜を満たした。

「……きれいだね」

 隣でルネが小さく呟いた。
 青い瞳は真っすぐで、儀式の光景をただ憧れるように追っている。その声音に混じるのは、羨望とも憧憬ともつかない響きだ。
「はい、とっても」
 アリセルは頷く。拍手に包まれながら、二人は祭壇から降りていった。
 繋いだ手を離さぬまま、祝福の輪の中へと歩み出す。

 やがて村長が再び名を呼ぶと、次の若者たちが進み出た。

 先ほどの一対よりもわずかに年長らしく、歩みには落ち着きがあった。
 それでも祭壇に近づくにつれ、背筋を正す仕草に緊張が滲む。篝火の熱が頬を赤く染め、炎の影が揺らめきながら二人の顔を交互に照らし出す。
 同じように誓いが交わされ、また一組が新たに結ばれていく。
 炎は祝福を繰り返しながら、次々に未来を結び合わせていった。
 やがて三組目の若者たちも誓いを終え、祭壇を下りる。
 その手を固く繋いだまま、人々の祝福の中へと戻っていく姿に、広場は大きな拍手とどよめきに包まれた。

 村長が再び前に進み出て、燃えさかる炎を背に声を張る。

「これにて今宵の婚礼の儀は結ばれた。三組の結びが末永く続くよう……」
「終わり、ってのはまだ早いな」
 不意に、村長の言葉にかぶさるように、どこか飄々とした声が響いた。
 人々の視線が一斉に声の主へ向かう。篝火の明滅に照らされたユーグが立っていた。

 次の瞬間、彼は迷いなくアリセルの腕を掴んだ。

「ユーグ……!?」
 何が起きているのか分からず、驚いて目を見開くアリセルの手首を掴み、ユーグはそのまま祭壇へと歩み出す。
 ざわめきが広がり、誰もが息を呑んで道を開けた。
 アリセルの足取りは追いつかず、引きずられるようにして祭壇の階段を上がっていく。

 視線が一斉に注がれているのを感じながらも、身を翻す隙すら与えられなかった。
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