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第3章 城に棲まうもの
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それから半月ほどが経った。その間、荒くれ者たちの再訪もなく、公の捜索状などが回ってくることもなく、城は日常の暮らしをすっかり取り戻している。ただ一点、久しぶりの客人に使用人たちが張り切っていること以外は、いつもどおりの生活であった。
リリアンの体調も少しずつ回復し、ベリンダが許す朝と夕の涼しい時間帯だけ、城の庭を散策できるようになっていた。もちろん隣には、フィオレロが並んでいる。咲き初めのジャンティアナの花を見ながら二人で幸せそうに何かを語らう姿は、あの出逢いの物語の続きを彷彿とさせた。二人はあの後、きっと花や植物を通して互いの心を通わせていったのだろう。エレノアはそう思いながら、きっと残り少ない滞在であろう二人をもてなしていた。
「――フィオレロ様、リリアン様。お茶の準備が整いましたので、よろしければあちらの四阿までどうぞ」
「エレノア様――ありがとうございます」
朝から昼にかけての短い時間、エレノアは散策に出ていた二人を呼び留める。小川が流れ込む池の淵に造られた小さな石造りのガゼボは、城と同じく歴史が刻まれたものだった。床には領主の城と同じ化石珊瑚を含んだ、しかしベージュの石が使用され、浅瀬に花が開いたような美しい模様が広がっている。柱や屋根、囲いの石は時を重ね独特な風合いを醸し、その隙間に根付いた蔦や野花たちが、遠い歴史に瞬間的な夏の彩りを添えていた。
中央の丸テーブルには焼き菓子や冷菓の並んだ白皿のケーキスタンドと、涼しげなガラスのティーセットで淹れられた紅茶。いずれもメリッサを始めとするメイドたちが、毎日張り切って準備を進めている。
「冷たいうちにどうぞ。暑気払いにもなりますよ」
メリッサは小皿に冷菓を取り、リリアンとフィオレロの前に差し出す。小さなガラスの器に盛られたサイダーと色とりどりのゼリー。木苺やスグリの実がその間で踊り、花蜜をかければしゅわしゅわと泡が立って、見た目からも涼を味わえた。
「わあ……冷たくて、甘くて……美味しい。私のような者に、こんなに良くしていただいて……本当にすみません。ベッドもふかふかで、お菓子やお料理も、どれも宝石みたいで。ベリンダ先生にもメリッサさんにもすごくお世話になってしまって……まるで、お姫様になった気分でした」
リリアンは気恥ずかしそうにスプーンを動かし、向かいに座していたエレノアにほほえむ。エレノアも紅茶をいただきながら、笑みを返した。
「久しぶりのお客様を、皆とても喜んでいるのですわ。お二人の旅路が、ここで終わらないことも承知しております。ならばせめて、それまでは――と」
「本当にありがとうございます。このお城は本当に魅力的で――引き留めてくださるお気持ちにも、心動かされるのですが」
フィオレロは、感慨深そうに城の方を見上げる。
「あの嵐の夜にはわかりませんでしたが、こうして見ると、コントラストがいっそう鮮やかで……美しいですね……。時の重みを感じさせる壁肌のセピア色と、黄葉樹の飴色がお互いを見事に引き立て合って。トルテュフォレは、別名を鼈甲城というのだとヴァイスさんからお聞きしましたが、その名に違わぬ美しさです」
「ヴァイス様が――あの方は旅をなさっているおかげか、本当に博識で。それもかなり古い呼び方ではあるのですが」
目の前の二人には伝わらないだろうが、嫌味という名の少々のスパイスを笑顔に加えつつ、エレノアも城を見上げる。
トルテュフォレは小高い丘の上に築かれた城で、その周囲は森に囲まれている。丘の側面には川を備えており、水から浮き上がった亀の甲羅のように見えることが、名の由来にもなっていた。
ただ森の木々は緑ではなく、真冬以外は常に鬱金の葉を湛える黄葉樹に属する木々が植えられており、城や塔はもちろん、その間を縫う城壁の焦茶色と合わせて、よく鼈甲に喩えられる。
レコンフォール家は、トルテュフォレと一体。その家訓めいた信条から、一族の服装は男女問わず城に合わせたものになっているのだ。決してとうもろこしカラーの衣装ではない。
そのヴァイスはといえば、今は庭の向こうの日陰でスケッチに勤しんでいる。あれから何かインスピレーションを得るものがあったらしく、食事や睡眠の時間を無視してまで、人が変わったように手を動かし続けていた。あのクロシェットでさえ大人しくそれを見ているので、使用人たちも近付かない。ただ昼夜を問わず、ふと我に返ったときだけ空腹を感じるらしく、そういうときはクロシェットが、わざわざエレノアを選んで飛んでくる。
(性格もだけれど、生活能力にも問題ありそう。よく行き倒れなかったものね……。まあ、ああいう姿を見ると、やっぱり純粋に画家様なのだと思えるけど……)
しかし、それだけではない何かもエレノアには感じられた。
そういえば、というリリアンの声に、エレノアは視線を戻す。
「私が目を覚ましたとき、枕元の小さな編みかごの中に、こんなものがあったんです。最初は何かの花びらかと思ったのですが、それにしては固さがあって。……なんでしょう?」
「まあ――精霊のお守りのおまじないが叶ったのですね」
エレノアはその謂れを説明しながらハンカチを取り出し、触れないようにしてリリアンからその固い花びらを受け取る。たしかに、見ようによっては花びらに見えるかもしれない。薄い金色の、小指の先ほどの花びら。
「何かしら。メリッサ、わかる?」
「いえ――でも、綺麗ですね。お日様をスライスしたみたい」
「――それは薄羽ドラゴンの鱗だ」
後ろから覗き込んでくるメリッサの、さらに後ろからすっと手が伸びて菓子が攫われていく。
「ベリンダ先生」
不意にやって来たベリンダは、焼き菓子をかじりながらエレノアの持つハンカチをしげしげと覗き込んだ。
「ふむ――この大きさなら成体だな。成体は用心深く、めったに姿を現さない。珍品だ」
「そっか。薄羽ドラゴンは、たしかに黄色っぽい色をしていますもんね。鱗だけだと、案外わからないものですねえ」
メリッサも納得したようにうんうんと頷くが、驚いたのはフィオレロとリリアンだった。
「ドラゴンってあの――昔話とか物語に出てくる? この辺りにはまだいるのですか」
「ドラゴンといっても、トカゲに羽が生えたような小さなものですよ。虫や木の実を食べてるみたいですし。擬態してるのか、黄葉樹に紛れてたまに見かけますねえ」
「ドラゴンに対してトカゲとは、随分と失敬な物言いだな。成体になれば、個体差はあるが尾まで入れるとかなり大きくなるぞ。またトカゲと違って捨てるところがない。内臓や血液、骨や体液にも薬効があってな、そのせいで多く狩られてしまったそうだが――良くも悪くも、世界中で製薬技術は日々進歩している。ゆえに今のトルテュフォレでは、保護を建前に基本放置というわけだ。ちなみにこの家令は子供の頃、脱皮不全の薄羽ドラゴンを見つけて、剥いだ脱け殻を得意げに持ち帰ったことがある」
「ええっ」
「いえ、無理に剥いだわけではなく、あくまでお手伝いといいますか……。小さな子が、羽に引っかかって大変そうでしたので……」
森の方を見ていた皆の視線が一気に集まり、エレノアは苦笑いをしながら答える。泣き虫とうもろこしの件といい、幼い頃のあれこれを知る人間がいるというのは本当に厄介だ。
「そのときはあのヘンドリックでさえ言葉をなくしていたらしいからな。だが今は、施療院に額入りで飾られているぞ。その数々の薬効から、病知らずで縁起が良いと言われてな。だからこの鱗もきっと、臥せるお前に宛ててのものだろう。健康のお守りだ、大事にするといい」
「健康のお守り……そっかあ」
「後ほど、何かケースをご用意いたしますね」
エレノアから返された鱗を大切そうに手のひらで包むリリアン。それから、ふと不思議そうにベリンダを見上げた。
「先生はなぜここに?」
「おお、そうだ。実は君たちに、裏庭のハーブ園の世話を手伝ってもらいたくてね。それこそ私の薬の研究に必要なものを育てているのだが、この間の嵐で少し荒れてしまったのと、温度差で少々元気がない。毎年それで悩まされるのだが、今年はそれに対応できる素晴らしい適任者が二人もいるじゃないか。パンはパン屋に、というやつだ」
「それでしたら、喜んでお手伝いさせていただきます。ねえ、フィオ」
「はい、先生はリリアンの恩人ですから。――しかし、よろしいのでしょうか? 庭師のトローエルさんがいらっしゃるのに」
「構わん構わん。あのじじいに頼んでいたら、いつになるかわからんからな。死んだ後から化けて出られて、夜な夜な作業されても嫌だろう」
「――医者が勝手に人を殺すんじゃないよ、聞こえとるぞ」
タイミングよく近くの石段を上がって、城勤めの庭師、トローエルがやってくる。トローエルはヘンドリックに次ぐ年長者で、ただし性格は正反対の、のんびり屋でおおらかな人物だった。
フィオレロが立ち上がり、トローエルが持つバケツやピッチフォークを引き受ける。ここ数日フィオレロは、リリアンが外出できない日中、進んで庭仕事や周囲の森の手入れを手伝っており――というよりかはメインで作業をしており、同業同士ということもあって特に仲を深めていた。トローエルの方もそれが嬉しかったらしく、リリアンがフィオレロを呼ぶ「フィオ」という愛称も、あっという間に拝借している。
トローエルはチャームポイントの褪せた黄緑色のキャスケットを直しながら、そのフィオレロににこにこと語りかけた。
「フィオ君、やっぱりここに残らんか。そうしたら儂も安心してあちこち任せられるんだが。どうかな、エレノア様。手際はいいわ知識はあるわ、それに何よりご覧のとおりの好青年。良いことづくめだよ。お嬢さんも、きっと落ち着いて暮らせるんじゃないかなあ」
「いけませんよ、トローエル。お引き留めしては。もちろんわたくしも、好きなだけご滞在なさっていただいて構わないのですけれど……、けれどきっと、行く宛てはおありなのですよね」
「エレノア様……はい」
リリアンはフィオレロとしっかりとまなざしを交わし、それでも名残惜しさを感じてくれているのか、ゆっくりと頷いた。
リリアンの体調も少しずつ回復し、ベリンダが許す朝と夕の涼しい時間帯だけ、城の庭を散策できるようになっていた。もちろん隣には、フィオレロが並んでいる。咲き初めのジャンティアナの花を見ながら二人で幸せそうに何かを語らう姿は、あの出逢いの物語の続きを彷彿とさせた。二人はあの後、きっと花や植物を通して互いの心を通わせていったのだろう。エレノアはそう思いながら、きっと残り少ない滞在であろう二人をもてなしていた。
「――フィオレロ様、リリアン様。お茶の準備が整いましたので、よろしければあちらの四阿までどうぞ」
「エレノア様――ありがとうございます」
朝から昼にかけての短い時間、エレノアは散策に出ていた二人を呼び留める。小川が流れ込む池の淵に造られた小さな石造りのガゼボは、城と同じく歴史が刻まれたものだった。床には領主の城と同じ化石珊瑚を含んだ、しかしベージュの石が使用され、浅瀬に花が開いたような美しい模様が広がっている。柱や屋根、囲いの石は時を重ね独特な風合いを醸し、その隙間に根付いた蔦や野花たちが、遠い歴史に瞬間的な夏の彩りを添えていた。
中央の丸テーブルには焼き菓子や冷菓の並んだ白皿のケーキスタンドと、涼しげなガラスのティーセットで淹れられた紅茶。いずれもメリッサを始めとするメイドたちが、毎日張り切って準備を進めている。
「冷たいうちにどうぞ。暑気払いにもなりますよ」
メリッサは小皿に冷菓を取り、リリアンとフィオレロの前に差し出す。小さなガラスの器に盛られたサイダーと色とりどりのゼリー。木苺やスグリの実がその間で踊り、花蜜をかければしゅわしゅわと泡が立って、見た目からも涼を味わえた。
「わあ……冷たくて、甘くて……美味しい。私のような者に、こんなに良くしていただいて……本当にすみません。ベッドもふかふかで、お菓子やお料理も、どれも宝石みたいで。ベリンダ先生にもメリッサさんにもすごくお世話になってしまって……まるで、お姫様になった気分でした」
リリアンは気恥ずかしそうにスプーンを動かし、向かいに座していたエレノアにほほえむ。エレノアも紅茶をいただきながら、笑みを返した。
「久しぶりのお客様を、皆とても喜んでいるのですわ。お二人の旅路が、ここで終わらないことも承知しております。ならばせめて、それまでは――と」
「本当にありがとうございます。このお城は本当に魅力的で――引き留めてくださるお気持ちにも、心動かされるのですが」
フィオレロは、感慨深そうに城の方を見上げる。
「あの嵐の夜にはわかりませんでしたが、こうして見ると、コントラストがいっそう鮮やかで……美しいですね……。時の重みを感じさせる壁肌のセピア色と、黄葉樹の飴色がお互いを見事に引き立て合って。トルテュフォレは、別名を鼈甲城というのだとヴァイスさんからお聞きしましたが、その名に違わぬ美しさです」
「ヴァイス様が――あの方は旅をなさっているおかげか、本当に博識で。それもかなり古い呼び方ではあるのですが」
目の前の二人には伝わらないだろうが、嫌味という名の少々のスパイスを笑顔に加えつつ、エレノアも城を見上げる。
トルテュフォレは小高い丘の上に築かれた城で、その周囲は森に囲まれている。丘の側面には川を備えており、水から浮き上がった亀の甲羅のように見えることが、名の由来にもなっていた。
ただ森の木々は緑ではなく、真冬以外は常に鬱金の葉を湛える黄葉樹に属する木々が植えられており、城や塔はもちろん、その間を縫う城壁の焦茶色と合わせて、よく鼈甲に喩えられる。
レコンフォール家は、トルテュフォレと一体。その家訓めいた信条から、一族の服装は男女問わず城に合わせたものになっているのだ。決してとうもろこしカラーの衣装ではない。
そのヴァイスはといえば、今は庭の向こうの日陰でスケッチに勤しんでいる。あれから何かインスピレーションを得るものがあったらしく、食事や睡眠の時間を無視してまで、人が変わったように手を動かし続けていた。あのクロシェットでさえ大人しくそれを見ているので、使用人たちも近付かない。ただ昼夜を問わず、ふと我に返ったときだけ空腹を感じるらしく、そういうときはクロシェットが、わざわざエレノアを選んで飛んでくる。
(性格もだけれど、生活能力にも問題ありそう。よく行き倒れなかったものね……。まあ、ああいう姿を見ると、やっぱり純粋に画家様なのだと思えるけど……)
しかし、それだけではない何かもエレノアには感じられた。
そういえば、というリリアンの声に、エレノアは視線を戻す。
「私が目を覚ましたとき、枕元の小さな編みかごの中に、こんなものがあったんです。最初は何かの花びらかと思ったのですが、それにしては固さがあって。……なんでしょう?」
「まあ――精霊のお守りのおまじないが叶ったのですね」
エレノアはその謂れを説明しながらハンカチを取り出し、触れないようにしてリリアンからその固い花びらを受け取る。たしかに、見ようによっては花びらに見えるかもしれない。薄い金色の、小指の先ほどの花びら。
「何かしら。メリッサ、わかる?」
「いえ――でも、綺麗ですね。お日様をスライスしたみたい」
「――それは薄羽ドラゴンの鱗だ」
後ろから覗き込んでくるメリッサの、さらに後ろからすっと手が伸びて菓子が攫われていく。
「ベリンダ先生」
不意にやって来たベリンダは、焼き菓子をかじりながらエレノアの持つハンカチをしげしげと覗き込んだ。
「ふむ――この大きさなら成体だな。成体は用心深く、めったに姿を現さない。珍品だ」
「そっか。薄羽ドラゴンは、たしかに黄色っぽい色をしていますもんね。鱗だけだと、案外わからないものですねえ」
メリッサも納得したようにうんうんと頷くが、驚いたのはフィオレロとリリアンだった。
「ドラゴンってあの――昔話とか物語に出てくる? この辺りにはまだいるのですか」
「ドラゴンといっても、トカゲに羽が生えたような小さなものですよ。虫や木の実を食べてるみたいですし。擬態してるのか、黄葉樹に紛れてたまに見かけますねえ」
「ドラゴンに対してトカゲとは、随分と失敬な物言いだな。成体になれば、個体差はあるが尾まで入れるとかなり大きくなるぞ。またトカゲと違って捨てるところがない。内臓や血液、骨や体液にも薬効があってな、そのせいで多く狩られてしまったそうだが――良くも悪くも、世界中で製薬技術は日々進歩している。ゆえに今のトルテュフォレでは、保護を建前に基本放置というわけだ。ちなみにこの家令は子供の頃、脱皮不全の薄羽ドラゴンを見つけて、剥いだ脱け殻を得意げに持ち帰ったことがある」
「ええっ」
「いえ、無理に剥いだわけではなく、あくまでお手伝いといいますか……。小さな子が、羽に引っかかって大変そうでしたので……」
森の方を見ていた皆の視線が一気に集まり、エレノアは苦笑いをしながら答える。泣き虫とうもろこしの件といい、幼い頃のあれこれを知る人間がいるというのは本当に厄介だ。
「そのときはあのヘンドリックでさえ言葉をなくしていたらしいからな。だが今は、施療院に額入りで飾られているぞ。その数々の薬効から、病知らずで縁起が良いと言われてな。だからこの鱗もきっと、臥せるお前に宛ててのものだろう。健康のお守りだ、大事にするといい」
「健康のお守り……そっかあ」
「後ほど、何かケースをご用意いたしますね」
エレノアから返された鱗を大切そうに手のひらで包むリリアン。それから、ふと不思議そうにベリンダを見上げた。
「先生はなぜここに?」
「おお、そうだ。実は君たちに、裏庭のハーブ園の世話を手伝ってもらいたくてね。それこそ私の薬の研究に必要なものを育てているのだが、この間の嵐で少し荒れてしまったのと、温度差で少々元気がない。毎年それで悩まされるのだが、今年はそれに対応できる素晴らしい適任者が二人もいるじゃないか。パンはパン屋に、というやつだ」
「それでしたら、喜んでお手伝いさせていただきます。ねえ、フィオ」
「はい、先生はリリアンの恩人ですから。――しかし、よろしいのでしょうか? 庭師のトローエルさんがいらっしゃるのに」
「構わん構わん。あのじじいに頼んでいたら、いつになるかわからんからな。死んだ後から化けて出られて、夜な夜な作業されても嫌だろう」
「――医者が勝手に人を殺すんじゃないよ、聞こえとるぞ」
タイミングよく近くの石段を上がって、城勤めの庭師、トローエルがやってくる。トローエルはヘンドリックに次ぐ年長者で、ただし性格は正反対の、のんびり屋でおおらかな人物だった。
フィオレロが立ち上がり、トローエルが持つバケツやピッチフォークを引き受ける。ここ数日フィオレロは、リリアンが外出できない日中、進んで庭仕事や周囲の森の手入れを手伝っており――というよりかはメインで作業をしており、同業同士ということもあって特に仲を深めていた。トローエルの方もそれが嬉しかったらしく、リリアンがフィオレロを呼ぶ「フィオ」という愛称も、あっという間に拝借している。
トローエルはチャームポイントの褪せた黄緑色のキャスケットを直しながら、そのフィオレロににこにこと語りかけた。
「フィオ君、やっぱりここに残らんか。そうしたら儂も安心してあちこち任せられるんだが。どうかな、エレノア様。手際はいいわ知識はあるわ、それに何よりご覧のとおりの好青年。良いことづくめだよ。お嬢さんも、きっと落ち着いて暮らせるんじゃないかなあ」
「いけませんよ、トローエル。お引き留めしては。もちろんわたくしも、好きなだけご滞在なさっていただいて構わないのですけれど……、けれどきっと、行く宛てはおありなのですよね」
「エレノア様……はい」
リリアンはフィオレロとしっかりとまなざしを交わし、それでも名残惜しさを感じてくれているのか、ゆっくりと頷いた。
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