【第一部完結】精霊の幸う国の古城管理人

橘佐和

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【第2部】第6章 雨夜のソワレ

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 それからのソワレは、言葉のとおりに日々の仕事に励み、また学んでいた。
 昼間はヘンドリックに従って、おもには食糧庫や酒蔵、またそれ以外の物資の管理などを行っている。馴染みの商会や業者とのやり取りや書き付けなども、ヘンドリックが数回手本を見せた後に一度実践させたようだが、彼らの方もすぐに顔を覚えてくれたようだ。夜の見回りに連れ出したこともあって、美貌の執事の噂は街の一部にはあっという間に広まったらしい。
(今度のガーデン・ティーパーティーは、例年よりたくさんのお客様を迎えることになりそうね……。ウィシュカには申し訳ないけど、お茶やお食事を増やした方がいいかな。足が出そうな分、お心づけで回収できるかしら……)
嬉しいような悲しいような何ともいえない悩みを増やしつつ、またある日はメイドたちに混ぜて掃除や洗濯など日常の業務や給仕、ベッドメイクをやらせてみたり、またある日はウィシュカやトローエルの補佐として料理や庭仕事をやらせてみたり。
 一方で、リュカとベリンダからはやはり特殊なシーンで必要になってくる知識がもたらされる。それはたとえば宗教的な行事についての謂れや手順だったり、不測の事態に備えた応急処置のやり方や、簡単な薬の知識だったりした。
 その中で少しずつ得手不得手も見え始めてきており、今後どのように彼を育てていくか、エレノアとヘンドリックは度々話し合いを重ねていた。
「――人付き合いが、少し苦手なのかしら。でもそれが、不思議と嫌なふうに見えないのよね。今度のガーデン・ティーパーティーでは、主《おも》だった方たちと会わせてみようと思っていたのだけど――どう思う? お披露目というと、語弊があるけれど」
「それは私も考えておりました。幸い、ティーパーティーは立食形式です。まず初日にいらっしゃる招待状を送付しているお客様に対しては、私に付かせて簡単な紹介と、経験として最低限の給仕をさせてみたいと考えているのですが」
「最初から晩餐会のようなテーブル給仕じゃ、緊張してしまいそうですものね。それじゃあ、二人で様子を見ながら、まずは場の雰囲気に慣れてもらえるようにサポートしましょう」
「はい。ご挨拶が一通り済みましたら、その後は全体的に他の使用人たちがどう動いているかを見せたいと思っております。ああいう場では、お客様方も暗黙的に流れがございますから」
「まあ――言ってしまえば、社交パーティーの一つですからね……。そう考えると、わたくしも少し気鬱です。幼い頃から慣れ親しんだ方たちだからこそ、上手くいってきたようなもので――当日のソワレの気持ちも、少しはわかる気がします」
執務室の机に頬杖をつき小さく息をつくエレノアを、ヘンドリックも軽くたしなめつつ続ける。
「今年はガルニエ侯爵のご令息であるクラウス様が、婚約者フィアンセをお連れになります。なんでもそのご令嬢、古株の宮廷貴族の親類筋に当たり家柄もよく、ご本人も名高い才女のようです。短期で修学なさって、現在は廷臣として王宮にお勤めとか。何よりクラウス様は、エレノア様の幼なじみでもございましょう。失礼のないようご対応いただきませんと」
「うん――それは、わかってる。わたしだって、王家にお仕えする身は同じ。それにガルニエ侯爵――いえ、ブライアおば様に恥ずかしい姿は見せられないもの」
 シセラス地方を治める女性領主ブライア=ガルニエ侯爵は、実はエレノアの祖父や両親とも親交があり、エレノア自身も幼い頃からよく知る人物だ。
 自他ともに非常に厳しい人物だがそのぶん愛情深く、特に祖父を亡くしエレノアが悲嘆に暮れていたときは、率先していろいろな手続きを進め、不安定になった自分を心憎いほどに気にかけてくれた。
 一人息子のクラウスは現在王都の大学に通うためシセラスを離れているが、やはり葬儀には駆けつけてくれたし、その後も折りに触れて手紙のやり取りをしている。
 三歳年下のクラウスは、エレノアにとっては本当に可愛い、弟のような存在であった。
「クラウスも、エレ姉さんエレ姉さんてわたしの後をついて回っていたあの頃とは違うのね――きっとあちらで、素敵な方に巡り逢ったんだわ」
「しかしその方かて、将来的にこちらに嫁がれれば、慣れぬ家、慣れぬ土地で不安なことも出てくることでしょう。そのとき年の近いエレノア様ならば、進んで親交を持つこともできるはずです。トルテュフォレは王家直轄の城とはいえ、このシセラスの地に深く根ざした城――いずれ侯爵家の後をお継ぎになるクラウス様、そしてその奥方様と、ともに良好な関係を保てれば、ゆくゆくはエレノア様ご自身のためにもなるかと。ですのでどうか、真剣に事に当たられますよう」
「……そうね。その言い方は、少し寂しい気もするけれど……わたしもクラウスも、もう小さな子供じゃないのだし、立場もある。仕方ないわね」
 エレノアは気持ちを切り替えるように、じゃあ、と明るく言葉を続ける。
「二日目からの一般公開は、ヘンドリックとわたくしで時間を分けて対応すればいいかしら。昔からのお客様には、あなたと会うのを楽しみになさっている方も多いし、ソワレも少し気が抜けるかもしれないもの」
「ありがたいことです。そちらはそのようにしていただければ――気は抜かせませんが」
「もう。あとソワレのことで気になることは――少し作業の手が遅いことくらいかな。これはもう慣れの問題だと思うけれど……」
パラパラと手元の指示書をめくりながら、エレノアは呟く。
 ただソワレは、何事に対しても誠実に向き合ってくれていた。臆病ともいえるほどに慎重でもあったため、作業スピードは他の使用人に比べひどく劣るが、とかく仕事は丁寧で、些細なこともわからなければすぐに質問してくれる。
「私の経験上、こういった人間は最初こそ愚鈍に見え手も掛かりますが、後々あるラインを越えたときには誰よりも正確に、素早く仕事をこなせるようになります。作業の遅延や失敗は仰るとおり、慣れの問題でしょう」
「それなら、時を重ねるしかないわね。今は皆のサポートもありますし。それにしても……ヘンドリックったら、なんだかすっかり師匠と弟子みたい」
「エレノア様のお小さい頃にそっくりですから。最もエレノア様は、こちらがお教えする前にあれもこれもと手を出したがって、なだめるのに大変でしたが」
「そ……それは本当に小さい頃の話でしょう? おじいちゃんはやらせてくれたし」
「ええ。その結果、厨房をメレンゲだらけにしたり、勝手にボトルを開けて、飛ばしたコルクでガラスランプを割ったり、いろいろとなさいましたね。計算に飽きて帳簿の白枠を猫の集合住宅にしてくださっていたことも、今になってみれば楽しい思い出です」
「……楽しんでもらえているなら、何よりですわ」
 矛先が自分に向かいそうになったエレノアは、すぐに話題を逸らしてやり過ごす。
 ともかくソワレは他の使用人からもおおむね同じような評価を受けており、少しずつ城の生活にも馴染んでいるようだった。
「ところで、お話は変わりますが――」
「?」
 ふと雰囲気が変わったヘンドリックに、エレノアも身構える。
「ライオネル大公殿下のご次男、レオンシュバンツ様についてですが」
「……そういえば、調べてくれると言っていたわね。なにか……わかった?」
指示書を机の脇に置き改めてヘンドリックと向き合うと、ヘンドリックは内ポケットから見覚えのある新聞記事の切り抜きを取り出し、机の上に滑らせた。
「こちらはもうご覧になりましたか」
「ええ――王都の旧市街地を、観光地として再開発するとかいう。すごい話よね」
改めて記事を広げてみるエレノアに、ヘンドリックは頷く。
「その発案者が、レオンシュバンツ様だそうで」
「え」
「レオンシュバンツ様は現在、ライオネル大公殿下が後見を務めるフェイリム殿下、ならびにその弟君の相談役という立場で王宮に出入りしているようです。王政派の中では発言権もあり、今回の件も御自ら行政官になりすまして視察を行うほどの熱の入れようらしく――ご本人は相当に乗り気のようです。とはいえ、計画自体は王宮内でもまだあまり受け入れられてはいないようで、着手するにしても時間はかかるようですが」
「ちょっ……と、待って。考える。ヴァイス様のパトロンがレオンシュバンツ様で、そのパトロンの力を借りてお手紙やスケッチを届ける話になって……それって、まさかとは思うけれど、その……リリアン様のお手紙をお届けするためにとか、そんなことある? いえ、さすがにないわよね。だってあまりに――」
混乱する頭でそこまで考えて、しかしエレノアも思い至る。
「……あのヴァイス様の、ご友人だったわ」
「……」
ヘンドリックもそこは否定はしない。
「一方で――市民議会の方では、一案として頭ごなしには否定されていないようです。問題は予算で、その一点だけは王宮内でも共通認識のようですが」
「市民議会って、政変から発足されて王政派とともに空位を埋めることになった市民団体でしょう。どこでなにをするにしても結局、最終的にはお金の問題なのね――」
「そればかりは致し方ありません。またライオネル家そのものに関しては、別段変わった点は見受けられませんでした。後を継いだご長男も騎士として順調に出世なさって、数年前には文官であった女性とご結婚も果たされています。昨年はついにご息女をもうけられ、家としては順風満帆なようで」
「あら――それは何よりなことね。ああ、そういうこともお手紙にも書けたらよかった。本当、情けないわね……」
「あのときは、よもや大公家に関わることになるとは思いも寄りませんでしたから――手持ちの情報も古く、申し訳ありません」
「ヘンドリックのせいじゃないわ。こんな時世だからこそ、わたくしももっと落ち着いて、外のことも気にかけていかないと駄目だったの。この二年、余裕がなくていっぱいいっぱいだった……」
「そうですね――これからは情報の遅さが命取りになる時代になるかもしれません。その点において、ライオネル家でもヴァイス様のような方が必要であったのやも」
「……家を分けているとはいえ、王族であることに変わりはありませんものね」
「はい。また大公殿下をはじめ、ご兄弟ともども〝精霊の祝い子〟であるそうですから、王位継承権はかなり高い位置にあります。家を――いえ。ご家族を守ることを優先するならば、情報戦は確実に制する必要があるでしょう」
「……難しいわね、そう考えると。でもさすがだわ。かなり上手く立ち回ってる感じがする」
、渦中のただ中にあることは変わりはないが――。
「ただやはり、ご家族の中でもレオンシュバンツ様は特殊な方のようで。最近ではご長男から新たに土地を借り受け、何やら大規模な事業をお始めになると噂になっているようです。ご次男という立場もあり、自ら生活を成り立たせるより他はないのかもしれませんが、どうも商才といいますかその嗅覚が独特といいますか、一風変わったものに惹かれるたちのお方なのかもしれません」
「ヴァイス様は、かなり信頼を置いているようでしたけど……」
自分の感覚では、それも少し危うい気がする。
 エレノアは記事の切り抜きを少しの間眺め、それからヘンドリックを見上げた。
「――ともかく、ありがとう。そういうことならばリリアン様のお手紙やスケッチも、きっと無事にお届けできたでしょうし……その点だけは、きっといいことだわ。――でもよく、こんなに調べられたわね」
「王都にも多少伝手つてがありますので。今後は今より密に連絡を取り、状況に応じて我々も対応して参りましょう」
「ええ。――あ、この記事はこのままもらっていい? スクラップ帳に貼っておきたいの。最近は忙しくて、おろそかになっていたから――」
「構いません。しかし――ますます、お祖父様に似ていらして。あなたのお祖父様も、めぼしい記事があるとよく切り取って、ノートに保管していらっしゃいました」
「それを見ていたからよ」
笑いながら、エレノアはスクラップ帳を取りに本棚に向かう。様々な書類や本とともにそれが置かれているのは、時事の話題としてやはり手紙のやり取りなどに使用するからだ。
「こういうものが一般的になった世の中は、きっと大変でしょうね。結局真実は、自分の中にしかないのかもしれないもの」
「恐ろしいのは、その個々の真実が大きくなりすぎたときです。発行元も、十分理解した上でこういうものを作っているとは思いますが」
「そうね――だからきっと、この名前なんだわ」
スクラップ帳に貼られた記事の中には、欄外に発行元が記されているものもあった。
 Club・UTSS。クラブ・アンダー・ザ・シームレス・スカイ。つなぎ目のない空の下。
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