銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

文字の大きさ
6 / 251
第1章

飾られた人形

しおりを挟む

あの気まずい朝食以来、ヴォルフと顔を合わせる機会はほとんどなかった。 
彼は相変わらず多忙を極めており、早朝に出かけ、深夜に帰宅する日々が続いていたからだ。

だがその代わり、エリアスの部屋には毎日のように贈り物が届くようになった。 
仕立ての良いシャツ、柔らかな革靴、精巧な刺繍が施されたカフスボタンや、見たこともない宝石のついたブローチ。 
どれもがエリアスの手持ちの服とは比べ物にならないほど上質で、洗練された品々だった。

「まあ、素敵! この深い青色は、エリアス様の黒髪によく映えますよ」
 「……そうか」

アンナは目を輝かせて包みを開けるが、エリアスの心は鉛のように重かった。 
ヴォルフは、何も持たずに嫁いできた自分を哀れんでいるのだ。

実家から追い出されるように来た自分には、貴族の妻として相応しい衣装など一着もない。 
名門の血を引く妻が、いつまでもみすぼらしい格好をしていては、新興貴族であるハルトマン家の恥になる。 
ヴォルフは商人だ。 「ハルトマン家の妻」という看板を整えるために、投資をしているに過ぎない。

(申し訳ないことをした。まさか衣服まで、すべて彼に用意させることになるなんて)

エリアスはアンナの手前、礼を言って受け取ってみせるが、彼女が下がった後は、それらの贈り物を一度も身につけることはなかった。 
どうせ部屋から一歩も出ないのだ。 美しい服も宝石も、自分のような男が身につけても滑稽なだけだし、箪笥の肥やしにしておいた方が生地も傷まないだろう。

そうして、美しい箱が部屋の隅に積み上げられていったある日。 
珍しく早く帰宅したヴォルフから、夕食後に呼び止められた。

「明日、時間を空けておいてくれ」 
「……はい?」
 「二人で出かける」

エリアスは耳を疑った。 
外へ? 隣を歩かせるのも恥ずかしいはずの妻を連れて、一体どこへ行くというのか。 人目に触れさせたくないだろうと思い、屋敷に閉じこもっていたというのに。

だが、ヴォルフの表情は真剣そのもので、拒否できる雰囲気ではない。

(そうか……ずっと引き籠らせておくのも、体裁が悪いのかもしれない)

「病弱な妻」という噂が立てば、それはそれで彼の経歴に傷がつく。 たまには外に連れ出して、健在であることをアピールする必要があるのだろう。

「……承知いたしました」

エリアスは静かに頷いた。 それが、養ってもらっている自分の義務だと思ったからだ。

翌朝、アンナはいつも以上に張り切っていた。 夜明け前からエリアスを起こし、丁寧に湯浴みをさせ、髪を整え、肌に香油を塗り込む。

「今日はとびきり素敵に仕上げますからね! 旦那様からの贈り物、どれを着ましょうか」

アンナが選んだのは、ヴォルフから最初に贈られた、夜空のような深い色合いの礼服だった。 襟元には銀糸の刺繍が入っており、控えめながらも品格がある。

鏡の前に立たされたエリアスは、そこに映る自分を見て、少しだけ驚いた。 
磨き上げられた革靴、仕立ての良い服、艶やかに整えられた髪。 
そこにいるのは、実家で幽霊のように息を潜めていた「出来損ない」ではなく、どこに出しても恥ずかしくない一人の貴族の青年に見えた。

(……アンナは凄いな。それに、旦那様のセンスも)

自分という素材が良いわけではない。 職人の腕と、装飾品が一流なだけだ。 
それでも、これならヴォルフの隣を歩いても、通りすがりの人に指をさされて笑われることはないかもしれない。 
少しだけ安堵した。

「いってらっしゃいませ、エリアス様」

アンナに見送られ、エリアスは屋敷の正面玄関へと向かった。

玄関ポーチには、すでに馬車が待機していた。 そしてその横に、ヴォルフが立っていた。

「……」

エリアスは思わず足を止めた。 
外出用のロングコートを羽織り、革手袋を嵌めたヴォルフの姿は、屋敷の中にいる時よりもさらに大きく、圧倒的な存在感を放っていた。 
冷たい秋の風の中に立つ姿は、まるで絵画のようだ。 自信に満ち溢れ、揺るぎない力強さを感じさせる。

直前まで「少しはマシになった」と思っていた自分が、途端に色褪せて見えた。 
やはり、住む世界が違う。 
本物の宝石の横に並べられた、ただのガラス玉のような気分になり、エリアスは思わず視線を伏せた。

「待たせたな」

ヴォルフがこちらに気づき、歩み寄ってくる。 そして、馬車の扉の前で立ち止まると、自然な動作でエリアスに手を差し出した。

「さあ」

エスコートの手だ。 エリアスは一瞬躊躇してから、おずおずと自分の手を重ねた。

(……!)

触れたのは、結婚式の誓いの時以来だ。 革手袋越しでも伝わる、熱い体温。 そして、その手の平の感触に、エリアスはハッとした。

分厚く、硬い。 
それは単にペンを握って金を計算する商人の手ではなく、剣を握り、敵と戦い、道を切り拓いてきた男の手だった。 
多くのものを背負い、守り、これからさらに高みへと昇っていく強者の手。

(この人は、これからもっと輝かしい未来を生きていく人だ)

自分のような人間が、その足枷になってはならない。 彼の経歴に泥を塗るようなことだけは、絶対に避けなければ。

ヴォルフの大きな手に引かれ、馬車のステップを上がる。 その手は力強くエリアスを支えてくれたが、エリアスの胸には、自分が彼に相応しくないという強烈な自覚だけが、より一層深く刻み込まれていた。

「……ありがとうございます」

小さな声で礼を言い、エリアスは馬車の中に滑り込んだ。 行き先も知らされぬまま、二人の初めての外出が始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】重ねた手

ivy
BL
とても短いお話です。

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

今からレンタルアルファシステムを利用します

夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。 ◆完結済みです。ありがとうございました。 ◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

処理中です...