銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第1章

所有の証

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あの一夜と、それに続く不可解な温もりの夜の後。
ヴォルフはまるでその埋め合わせをするかのように、仕事に忙殺される日々を送っていた。
早朝に家を出て、エリアスが眠った頃に帰宅する。
顔を合わせる時間はほとんどなく、エリアスにとってはそれが救いだった。

あの甘く激しいセックスと、意味深な言葉の数々。
混乱し、かき乱された心を鎮めるには、物理的な距離が必要だったからだ。
一人で静かに過ごす時間は、崩れかけたエリアスの心の壁を、再び積み直すのにちょうど良かった。

(期待してはいけない。あれは気まぐれな優しさだ)

そう言い聞かせ、エリアスは「物分かりの良い同居人」としての仮面を修復していった。
ヴォルフと会えない間も、彼の「完璧な夫」としての采配は続いていた。

夜会の前日、アンナが恭しく大きな箱を運んできたのだ。

「エリアス様!旦那様から、明日の夜会のための衣装が届きましたよ!」

箱を開けた瞬間、アンナがほう、と感嘆の息を漏らす。

そこに収められていたのは、今までに贈られたどの衣服よりも明らかに高価で、上質な一着だった。
深い夜空のようなミッドナイトブルーのベルベット生地。
デザイン自体はシンプルで、華美な装飾は抑えられているが、それゆえに生地の良さと仕立ての美しさが際立っている。

「……綺麗だ」

思わずエリアスも呟いた。
派手な弟の横に並んでも見劣りせず、かといって地味な自分が着ても服に着られない、絶妙なバランス。
ヴォルフは本当に、エリアスという人間をよく見て、一番マシに見えるものを選んでくれたのだ。
その配慮に、胸が痛いほど締め付けられた。

そして、夜会当日。
アンナの手によって、エリアスはいつも以上に念入りに磨き上げられた。

髪は艶やかに整えられ、贈られた礼服に袖を通す。
鏡に映る自分は、やはり見慣れない他人のようだったが、少なくともハルトマン家の品位を損なうような見た目ではないはずだ。

「完璧です、エリアス様!さあ、旦那様がお待ちですよ」

アンナに背中を押され、エリアスはエントランスへと向かった。
階段を降りると、そこにはすでに支度を終えたヴォルフが待っていた。
一週間ぶりに見るその姿に、エリアスの足が止まる。

「……」

黒を基調とした正装に身を包んだヴォルフは、息を呑むほど格好良かった。
銀色の髪はオールバックに整えられ、精悍な顔立ちが露わになっている。
立っているだけで周囲の空気を支配するような、圧倒的なアルファのカリスマ性。
改めて、自分がこんな人の隣に立つことの不敬さを感じてしまう。

エリアスの足音に気づき、ヴォルフが振り返った。
そのアイスブルーの瞳が、階段を降りてくるエリアスをじっと見つめ、わずかに見開かれる。

「……ヴォルフ、お待たせいたしました」

エリアスが前に立つと、ヴォルフは何も言わず、エリアスの腰に手を回してぐっと引き寄せた。

「っ、あ……」
「思った以上に似合うな。……綺麗だ、エリアス」

耳元で囁かれた低音に、背筋が震える。
使用人たちが周りで見ている前だ。

(そんなこと、しなくてもいいのに)

エリアスは内心で苦笑した。
これは「仲睦まじい夫婦」のアピールだ。
使用人たちの前でこうして振る舞うことで、これから向かう社交界でもその役を演じきれるように、空気を作っているのだろう。

「ありがとうございます。ヴォルフが選んでくださった衣装のおかげです」

エリアスがそう答えると、ヴォルフは「いや」と首を振り、ポケットから小さな箱を取り出した。

「君に、もう一つ贈り物がある」

箱が開けられると、そこには繊細な意匠が施されたブローチが収められていた。
中央にはめ込まれた大粒の宝石は、澄んだ氷のような、淡い青色。
それは、目の前にいるヴォルフの瞳の色と、うり二つだった。

「これは……」
「じっとしていてくれ」

ヴォルフはそのブローチを取り出し、エリアスの胸元、心臓に近い位置に丁寧に留めた。
そして、その宝石を指先で愛おしげに撫でる。

「君は私のものだという証だ」
「――え?」

エリアスは驚いて顔を上げた。
ヴォルフの瞳が、強い独占欲を孕んで光っているように見えた。

(ああ、なるほど……)

一瞬、心臓が大きく跳ねたが、エリアスはすぐに冷静な解釈を当てはめた。
今夜の夜会は、新興貴族ハルトマン家のお披露目の場でもある。
その妻に、当主の瞳の色と同じ宝石を身につけさせる。
それは周囲に対し、「このオメガはハルトマン家の所有物である」と知らしめるためのマーキングなのだ。

商品に焼印を押すようなものだ。
「手出し無用」という札を下げられたのだと理解しつつも、胸元の石の重みに、エリアスはどうしようもなくときめいてしまった。

「……はい。大切にします」

エリアスが頬を染めて頷くと、ヴォルフは満足そうに目を細めた。
そして、恭しく右手を差し出す。

「行こうか。エリアス」
「はい、ヴォルフ」

エリアスはその手を取り、エスコートされて馬車へと向かった。

冷たい夜風の中、胸元の青い石だけが、ヴォルフの視線のように熱くエリアスを焦がしていた。
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