銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第1章

認めたくない恋心

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重たい瞼を持ち上げると、視界に白いシャツの胸元が広がっていた。
規則正しい心臓の音が、耳元でトクトクと響いている。
昨夜の嵐のような恐怖が嘘のように、エリアスの心は凪いだ湖のように穏やかだった。

(……ああ、そうか)

自分がこれほど深く、泥のように眠れた理由を悟った。
身体を起こそうとすると、腰に重みを感じる。
ヴォルフの腕が、逃がさないとばかりにエリアスを抱きしめていたのだ。
そっと顔を上げると、すぐ近くにヴォルフの寝顔があった。

普段の隙のない表情とは違う、無防備で穏やかな顔。
その寝息を聞いているだけで、胸の奥が締め付けられるように痛む。

エリアスは、もう自分を騙すのはやめようと思った。
今まで必死に逃げてきた感情と、向き合わなければならない。

(……好きだ)

認めてしまえば、あまりにもあっけなかった。
勘違いしてはいけない、その先にあるのは不幸だけだと、あれほど自分に言い聞かせてきたのに。

すべて無駄だった。
こんなにも優しくて、真面目で、強くて。
間違いで娶った、何の価値もない妻である自分のことすら、命がけで守ってくれる人。
その温もりに触れて、好きにならない方がおかしいのだ。

ヴォルフの胸元から漂う、森のような深く甘い香り。
もうすぐヒートが近いせいか、いつもよりもそのフェロモンを濃く、鮮烈に感じてしまう。
本能が、彼を求めて疼き始めている。

(……このまま、本当にヒートを一緒に過ごすつもりなのだろうか)

ヴォルフの言葉を思い出す。

『エリアスのヒートは、夫として一緒に過ごしたいと思っている』

その言葉の意味を、エリアスは改めて反芻した。
ヒートを共にするということは、数日間、理性を失うほどの情事の中で、互いを貪り合うということだ。
それは本来、愛し合っている番がすることだ。
愛と本能の極致で、魂を混ぜ合わせる行為。

けれど、自分はヴォルフにとって「愛し合う番」とは真逆の存在だ。
それなのに、彼は一緒に過ごそうと言う。
どこまでも義理堅く、真面目な人だから。
「夫としての責務」を果たさなければならないと、自分を犠牲にしてまで誠実であろうとしているのだ。

(あの一夜の時みたいに……)

彼の優しさを利用して、甘えてしまいたくなる自分がいる。
「夫だから」という言葉を盾にして、彼の身体を、愛を、貪りたくなる浅ましい自分が。

(……なんて、卑怯なんだろう)

彼の優しさと義理堅さに甘えて、それを享受するなんて。
そんなことをすれば、ヴォルフは一生、この「責任」という鎖から逃れられなくなる。

(今度こそ、彼のために拒んであげるべきだ)

もしエリアスが「一人で過ごしたい」「貴方は必要ない」と拒絶すれば、それを理由にヴォルフは離れることができる。

「妻が望んだから」という免罪符を与えれば、彼は後ろめたさを感じることなく、本来あるべき自由な場所へ――愛する人の元へ行けるはずだ。
そうしてあげるべきだ。
それが、彼を愛してしまった自分にできる、唯一の罪滅ぼしなのだから。

「……う……」

ヴォルフが小さく身じろぎをし、抱きしめる腕に力がこもった。
エリアスを寒さから守るように、さらに深く懐へと引き寄せる。
その無意識の優しさが、エリアスの決意を揺らがせる。

(……もう少しだけ)

離れなければならない。拒まなければならない。
けれど、今すぐには無理だった。
この温もりと、安心する匂いから、どうしても離れられない。

エリアスは「今だけは」と言い訳をして、ヴォルフの広い胸に顔を埋めた。
彼の心臓の音を聞きながら、忍び寄る別れの予感に震える身体を、そっと預けた。
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