銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第1章

役に立つ喜び

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カーテンの隙間から差し込む朝日で、ヴォルフが目を覚ました。
彼は腕の中のエリアスを確認すると、安心したように目を細め、まだ微睡んでいるエリアスの背中を優しく支えて抱き起こしてくれた。

「おはよう、エリアス。気分はどうだ?」
「……おはようございます、ヴォルフ。……だいぶ、落ち着きました」

まだ恐怖の余韻は残っているものの、昨夜彼に守られて眠ったおかげで、身体の震えは止まっていた。
ヴォルフはすぐにベルを鳴らし、食事を運ばせた。

ダイニングへ移動するのではなく、この部屋で二人きりで摂る朝食だ。
運ばれてきた温かいスープと焼き立てのパンの香り。
向かい合って食事をしながらも、ヴォルフの視線は頻繁にエリアスの手首や首筋に向けられた。
時折、テーブル越しに手が伸びてきて、痛々しい痣の周りを指先で愛おしげに撫でる。

「……痛まないか?」
「はい。もう大丈夫です」

エリアスが答えると、ヴォルフは眉を下げて安堵の息を吐く。
その過保護なまでの扱いに、エリアスは申し訳なさと同時に、胸の奥が温かくなるのを感じた。
食後のコーヒーが注がれた頃、ヴォルフが思い出したように口を開いた。

「そういえば、昨夜の夜会では礼を言わなければな。君のサポート、本当に助かったよ」
「え……?」
「挨拶回りの時のことだ。君が的確な助言をくれたおかげで、難しい相手ともスムーズに話ができた」

エリアスはカップを持ったまま、目を瞬かせた。
あんなことは、ただ実家で詰め込まれた知識を並べただけの、大したことではない。

「そんな……あんなこと、誰でも知っているようなゴシップや派閥の話をしただけです。お礼を言われるようなことでは……」
「いいや、違う」

ヴォルフは首を横に振り、真剣な眼差しでエリアスを見つめた。

「君の知識の深さと引き出しの多さは素晴らしい。それに、あの目まぐるしい状況の中で、私に必要な情報だけを選別し、簡潔に伝える判断力と速さ。あれは君にしかできないことだ」

熱のこもった称賛だった。
ヴォルフは言葉を続ける。

「貴族社会にまだ不慣れな私にとって、君は最高の参謀であり、パートナーだ。昨夜の良い交流は、全て君のおかげだよ」
「……っ」

エリアスは言葉に詰まった。
今まで「出来損ない」「無価値」と言われ続けてきた自分が、この人の役に立った。
あの完璧に見えるヴォルフ・ハルトマンの、力になれたのだ。
その事実が、どうしようもなく嬉しかった。
じわりと胸が熱くなり、自然と頬が緩む。

「……お役に立てて、嬉しいです」

エリアスがはにかむように微笑むと、ヴォルフの動きがピタリと止まった。
彼はカップを置き、呆然としたようにエリアスを見つめた後、何かを堪えるように口元を手で覆った。

「……エリアス」
「はい?」
「君は……凄く、可愛いな」
「えっ!?」

不意打ちの言葉に、エリアスは顔を真っ赤にした。
ヴォルフは立ち上がり、エリアスのそばへ歩み寄ると、椅子に座るエリアスの頬にそっと手を添えた。

「無自覚にそんな顔をするなんて……やはり、あのブローチだけでは牽制にならなかったか」
「ヴォルフ……?」
「次はもっと分かりやすい首輪でもつけないと、虫が寄ってきそうだ」

ヴォルフはぼそぼそと不穏な独り言を呟きながら、親指でエリアスの頬を優しく撫でた。
その瞳には、隠しきれない熱と独占欲が揺らめいている。
以前のエリアスなら、身をすくませていただろう。
けれど今は、その熱が心地よかった。
エリアスは何も言わず、されるがままに頬を摺り寄せた。

(……温かい)

こうして触れてもらえる時間を、一秒でも長く噛み締めていたい。

この指から伝わる温度も、少し硬い指の感触も。
いつか来る別れの時に、寒さに震えなくて済むように、すべて記憶の底に刻みつけておこう。

エリアスは目を細め、ヴォルフの手のひらに自身の体温を預けた。
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