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第1章
陽だまりのまどろみ
しおりを挟む次に目を覚ました時、エリアスは身体が鉛になったかのような猛烈な倦怠感に襲われた。
指一本動かすのも億劫なほどの重さに驚き、小さく呻き声を上げる。
「……っ、う……」
「エリアス!」
すぐに声が飛んできた。
重い瞼を開けると、ベッドの脇に椅子を引き寄せ、前のめりになってこちらを覗き込むヴォルフの姿があった。
その顔色は青白く、いつも整えられている銀髪も乱れ、ひどく憔悴している。
「ヴォルフ……?」
「ああ、よかった……目が覚めたんだな」
ヴォルフは心底安堵したように息を吐き、エリアスの頬にそっと触れた。
その手が微かに震えているのを感じて、エリアスは首を傾げた。
「どうしたんですか、そんなに青い顔をして……」
「……すまない」
ヴォルフは苦渋に満ちた顔で俯いた。
「私は、君の意識が飛んでからも、理性が焼き切れたまま……君を貪り続けてしまった」
ヴォルフの説明によると、昨夜の情事はエリアスの記憶にある「気絶」で終わっていなかったらしい。
本能のタガが外れたヴォルフは、エリアスが完全に意識を失ってぐったりと沈んでからも行為をやめることができず、朝を迎えるまで愛し続けてしまったのだという。
我に返った時には、エリアスは泥のように深く眠り込んでおり、揺すっても呼びかけても目を覚まさなかった。
「顔色も悪く、呼吸も浅いように見えて……怖くなって、大至急医者を呼んだんだ」
「医者を……?」
「ああ。今はもう、昼を過ぎている。医者は『極度の疲労と睡眠不足だ』と言って帰ったが……君が目を覚ますまで、生きた心地がしなかった」
ヴォルフの目の下には濃い隈ができている。
どうやら彼は、医師の診断を聞いてからも安心できず、エリアスが目覚めるまで一睡もせずに見守っていたようだ。
あのタフな彼がここまで消耗しているのは、セックスの疲れだけではない。
エリアスを攫われた心労、連れ戻すための奔走、そして愛する人を壊してしまったかもしれないという不安。
それらが重なり、彼を追い詰めていたのだ。
「……貴方のせいじゃないですよ」
エリアスが掠れた声で慰めると、ヴォルフは首を振った。
「いや、君のことを大事に思うなら、理性を保つべきだった。愛していると言いながら、君を傷つけるような真似を……」
眉を下げて反省するその姿を見て、エリアスは胸の奥がキュンと鳴った。
なんて真面目で、可愛い人なのだろう。
一晩中、獣のように妻を抱き潰しておきながら、目が覚めれば仔犬のようにシュンとしている。
そのギャップが愛おしくてたまらない。
エリアスは重い腕をゆっくりと持ち上げ、ヴォルフのやつれた頬に触れた。
「ヴォルフ……こっちへ来てください」
「え?」
「私の隣で眠ってください。私に、貴方を癒させて」
エリアスがシーツをめくって誘うと、ヴォルフは一瞬躊躇ったが、抗えない睡魔とエリアスの温もりに引かれるように、のそりとベッドへ這い上がってきた。
「……失礼するよ」
ヴォルフは身体を丸め、甘えるようにエリアスの胸元へ顔を埋めてきた。
身長190センチの彼と、175センチのエリアス。
体格差からすれば逆になるべき構図だが、今のヴォルフはどこか幼く、守ってあげたくなるような弱さを見せている。
「ん……エリアス……」
すり、と胸に頬を押し付けられ、エリアスは愛しさで胸がいっぱいになった。
大きな背中に腕を回し、銀色の髪を優しく梳くように撫でる。
「いい子ですね……おやすみなさい、ヴォルフ」
子供を寝かしつけるようにトントンと背中を叩くと、ヴォルフの呼吸はすぐに深く、規則正しいものへと変わった。
限界だったのだろう。
あっという間に寝息を立て始めた彼の体温と、愛しい匂いに包まれて、エリアスの瞼も再び重くなっていく。
(……幸せだ)
あまりの幸福に、怖くなるくらいだった。
今までずっと不幸の中にいた自分が、こんなに満たされていいのだろうか。
けれど、この腕の中には確かな重みがある。
ヴォルフがいる。
これは夢ではない。
次に目覚めても、彼が消えていることはないし、冷たい部屋に戻っていることもない。
その確信が、エリアスの心を穏やかに満たしていった。
「……ふふ」
エリアスは幸せな微睡みの中で小さく微笑み、愛する夫の腕の中で、再び深い眠りへと落ちていった。
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