銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第1章

愛を食べる

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次に目を覚ましたのは、窓の外がすっかり暗くなった頃だった。
互いに吸い寄せられるように密着して眠っていた二人は、ほぼ同時に、小さく鳴った腹の虫の音で目を覚ました。

「……ふっ」
「あはは……」

顔を見合わせ、どちらからともなく笑いが漏れる。
そういえば、ここ数日まともな食事をしていなかった。
色気も何もない目覚めだが、それが今の二人には愛おしかった。
タイミングを見計らっていたかのように、控えめなノックと共にアンナが入ってきた。

「お目覚めですね。お腹が空いたでしょう?消化に良いものをご用意しましたよ」

ワゴンには、湯気を立てる野菜のポタージュ、柔らかく煮込んだ鶏肉、そして彩り豊かな温野菜が並んでいる。
アンナは手際よくベッドの上にトレイをセットすると、「ごゆっくり」とウィンクをして下がっていった。

「さあ、食べよう。エリアス、身体を起こせるか?」
「はい……」

ヴォルフに支えられ、エリアスは枕にもたれるようにして上半身を起こした。
まだ全身の倦怠感は抜けていないが、漂ってくる美味しそうな匂いに食欲が刺激される。

自分たちで食べるつもりでカトラリーに手を伸ばそうとしたが、ヴォルフがそれを遮った。

「あーん」
「え……?」
「手もだるいだろう。私が食べさせてあげる」

ヴォルフはスプーンでスープを掬い、フフフと楽しそうに笑いながらエリアスの口元へ差し出した。
大の男が「あーん」なんて、と普段なら恥じらうところだが、今のヴォルフは断固として譲りそうにない。

「……あ、ーん」

エリアスが観念して口を開けると、温かく滑らかなスープが口いっぱいに広がった。
優しい野菜の甘みが、空っぽの胃に染み渡っていく。

「美味しい……」
「そうか。なら、もっとおあがり」

ヴォルフは甲斐甲斐しく次の一口を運んでくれる。
自分も空腹のはずなのに、彼は自分の食事には手を付けず、エリアスが食べている様子をじっと見つめている。

その瞳は、まるで世界で一番可愛い小動物でも愛でるように細められていて、エリアスの方が照れてしまった。

「ヴォルフも食べてください。私のことはいいですから」
「いや、君が美味しそうに食べているのを見る方が、腹が満たされるんだ」

本気でそう思っているような声音に、エリアスは胸が温かくなった。
口元についたスープを指で拭われ、また一口。
ゆっくりと食事を進める中で、エリアスはふと、この屋敷に来た最初の日のことを思い出した。

「……私、この屋敷に来るまで、まともな食事を食べたことがなかったんです」

エリアスがぽつりと零すと、ヴォルフの手が止まった。

「実家では、冷えた残り物ばかりでしたから……初めてこの家で、あんなに上質で美味しい食事を出された時、胃がびっくりして受け付けなくて。……あの時は残してしまって、ごめんなさい」

ずっと言えなかったことを打ち明けた。

「口に合わなかった」わけじゃない。「食べる資格がない」と思っていたわけでもない。ただ、身体が幸せに慣れていなかったのだと。

ヴォルフはスプーンを置き、エリアスの頬を両手で包み込んだ。
そこにあるのは、過去を憐れむ同情の色ではなく、未来への慈しみだった。

「謝ることはない。……これからは、君が『美味しい』と思うものを、私がいくらでも食べさせてあげる」

ヴォルフの額が、コツンとエリアスの額に触れる。

「食べ物だけじゃない。綺麗な服も、楽しい経験も、愛の言葉も。……君が今まで知らなかった全ての喜びを、私が君に与えたいんだ」

その言葉に、エリアスは涙が滲みそうになるのを堪え、大きく頷いた。

与えられるばかりでは申し訳ないと思っていたけれど、彼がそれを望んでくれるなら、素直に甘えよう。
そして、エリアスは初めて、自分からの「望み」を口にした。

「……それなら、またあの湖を見に行きたいです」
「湖?」
「はい。二人で……今度は、サンドイッチとか、軽食を持って。ピクニックみたいに」

ささやかな願い。
けれどヴォルフにとっては、エリアスが初めて見せた「欲」だった。
彼の顔が、ぱあっと輝く。

「ああ! もちろん行こう。シェフに最高に美味しいサンドイッチを作らせよう。天気の良い日を選んで、一日中のんびりしよう」

ヴォルフは子供のように無邪気に笑った。

「いくらでも望みを言ってくれ。君のためなら、私は何でもするよ」

そう言いながら、またスプーンを手に取り、食事を再開する。
一口ごとに、身体の隅々まで栄養と愛情が行き渡っていくようだった。
窓の外では夜が更けていく。
静寂な部屋に、カトラリーの音と、二人の穏やかな笑い声だけが響く。

(……愛されている)

身体も心も満たされていく中で、エリアスは「愛情を感じる」という意味を、深く、痛いほどに実感していた。
この温もりが、これからの日常になるのだ。

(私も……彼に返したい)

ヴォルフが全てを与えてくれるなら、自分もまた、持てる全ての愛で彼を満たしたい。
エリアスはスープを口に含みながら、目の前の愛しい夫を見つめ、そう強く願った。
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