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第1章
銀色の対
しおりを挟む「さあ、エリアス様。今日はとびきり気合を入れて仕上げますからね!」
アンナの声には、いつも以上の熱がこもっていた。
彼女の手によって、エリアスは磨き上げられていく。
髪は以前よりも少し伸びており、アンナはそれを丁寧にブローして、緩やかなウェーブをかけてくれた。
直毛で硬い印象だった黒髪が、ふわりと柔らかく顔周りを彩り、切れ長の瞳の鋭さを和らげて、どこか艶っぽい雰囲気を醸し出す。
「まあ……素敵!」
最後に、ヴォルフが用意してくれた衣装に袖を通す。
淡いシルバーグレーの生地は、エリアスの肌を明るく見せ、繊細な金糸の刺繍が上品な輝きを放っている。
仕上げに、真新しいレースの手袋を嵌め、足元には艶やかな革靴を。
そして胸元には、前の夜会でヴォルフが自らの手でつけてくれた、あの青い宝石のブローチを飾った。
今回の淡い色合いの衣装にも、そのブローチは完璧に調和し、全体の印象を引き締めている。
「……すごい」
エリアスは姿見の前に立ち、思わず息を漏らした。
自分には明るい色は似合わないのではないかと心配していたが、アンナの言う通りだった。
鏡の中にいるのは、かつての実家で怯えていた自分でも、父に死化粧を施された時の自分でもない。
洗練され、気品に満ちた、一人の美しい貴族の青年だった。
前は、飾り立てられた自分を「中身のない人形」だと思って見ていた。
けれど今は違う。
ヴォルフが愛を込めて選び、贈ってくれたものを身に纏う自分を、素直に「美しい」と感じることができた。
愛されることで、人はこれほどまでに変われるのだ。
「完璧ですわ、エリアス様。世界一美しい奥様です」
アンナがうっとりと手を組む。
爪の先まで完璧に整えられたエリアスは、アンナに礼を言い、ヴォルフの待つ玄関へと向かおうとした。
コン、コン。
その時、部屋のドアがノックされた。
返事をする間もなく扉が開き、ヴォルフが入ってくる。
「エリアス、準備はできたか?」
いつもなら玄関で待っているはずなのに、待ちきれずに部屋まで迎えに来てしまったらしい。
なんて可愛い人だろう、と思いながら振り返ったエリアスは、そこで言葉を失った。
「……ヴォルフ」
そこに立っていたヴォルフは、エリアスと同じシルバーグレーの生地で仕立てられた、完璧な正装を身に纏っていた。
広い肩幅、引き締まった腰、そして銀色の髪。
その全てが、この色を纏うことで神々しいほどの魅力を放っている。
あまりの格好良さに、エリアスは呼吸をするのも忘れて見惚れてしまった。
エリアスが何かを言おうと口を開きかけた時、ヴォルフが先に大きく目を見開き、一歩踏み出してきた。
「エリアス……」
ヴォルフはエリアスの目の前まで来ると、熱っぽい溜息をついた。
「君が美しすぎて……言葉が出ないよ。私が夜会に君を連れて行くと言ったのに……撤回したくなる」
「え?」
「誰にも見せたくない。このまま君をこの部屋に閉じ込めて、私だけのものにしておきたいくらいだ」
ヴォルフは本気とも冗談ともつかない口調で囁き、エリアスの腰に手を回してぐっと引き寄せた。
その独占欲が嬉しくて、エリアスはくすりと笑った。
「ふふ、ヴォルフも凄く格好いいです。……私の希望通り、同じ色にしてくださって嬉しい」
二人が並んで鏡に映る。
銀色の対。誰が見ても、対等のパートナーであり、愛し合う夫婦であることが分かる装いだ。
「でも、思ったよりも『お揃い』って感じで……私が隣だと、見劣りしませんか?」
エリアスが少しだけ首を傾げて尋ねると、ヴォルフは即座に首を横に振った。
「見劣りなんて、するはずがないだろう」
ヴォルフはエリアスの頬に手を添え、愛おしげに見つめた。
「むしろ、夜会に着いたら皆、君ばかりを見るんじゃないかと思って、今から心配で仕方がないよ」
「もう、上手なんですから」
「本心だ」
チュ、と頬に甘いキスが落とされる。
エリアスは幸福感に満たされながら、ヴォルフの腕に手を添えた。
「行きましょうか、旦那様」
「ああ。行こう、私の愛しい妻」
二人は部屋を出て、馬車へと乗り込んだ。
以前は向かい合って座っていた座席。
けれど今夜は、当然のように二人並んで座り、手をしっかりと繋ぎ合わせて、夜会の会場へと向かった。
窓の外を流れる夜景さえも、二人の門出を祝うように輝いて見えた。
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