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第1章
嫉妬の盾
しおりを挟むシャンデリアの光が溢れる大広間に足を踏み入れた瞬間、エリアスは不思議な感覚に包まれた。
かつて実家の付き添いで来ていた時の、壁の花として息を潜めていたあの頃とも、前回ヴォルフの妻として緊張しながら訪れた時とも、全く違う。
空気が澄んで感じられるのだ。
それはきっと、隣にいるヴォルフが、以前よりもさらに密着し、腰を抱く手に力を込めて「これは私の妻だ」と周囲に誇示しているせいもあるだろう。
けれど何より、エリアス自身の心が変化していた。
あれほど怖かった他人の視線が、今はちっとも怖くない。
周囲の貴族たちの視線には、明らかな変化があった。
好奇心に満ちた目であることは変わらないが、そこには以前のような侮りや嘲笑はない。
むしろ、どこか畏怖を含んだ色が混じっている。
(……知れ渡っているんだ)
バンガルド卿との一件だ。
新興貴族であるヴォルフが、上位貴族であるバンガルド卿と真っ向から対立し、妻を奪い返したという噂は、社交界の早耳たちの間で既に広まっているのだろう。
「格」が上の相手に噛みつき、己の伴侶を守り抜いたアルファ。
その強さと狂気にも似た執着に、誰もがヴォルフを一目置かざるを得なくなっているのだ。
「君を守る、と言っただろう」
ヴォルフが耳元で囁く。
その言葉通り、隣に立っているだけで、見えない強固な盾に守られているのを感じる。
エリアスは安堵し、ヴォルフの腕に体重を預けるようにして寄り添った。
すると、ヴォルフが満足げに目を細めるのが分かった。
人混みの中を進みながら、ヴォルフの手がエリアスの手を握り直した。
単にエスコートするように重ねるのではない。
指と指を絡ませる、恋人繋ぎだ。
「ヴォルフ……っ」
「ん?……どうした」
公衆の面前での濃密なスキンシップに、エリアスは耳まで熱くなる。
しかも、ヴォルフの親指が、エリアスの掌を悪戯になぞり、くすぐってくるのだ。
ゾクリ、と背筋が震える。
(……だめだ、こんな場所なのに)
昨夜の甘い情事の記憶が蘇り、指先を撫でられるだけで、身体の奥がじんわりと疼いてしまう。
なんだか自分が変態になってしまったみたいだ。
エリアスが恥ずかしさで赤くなり、俯くと、ヴォルフはエリアスの反応を全て見透かしたように、愉しげに口元を緩めた。
そんな甘い雰囲気の中、二人は挨拶回りを始めた。
ここでも変化は顕著だった。
ヴォルフに向けられる態度は、以前よりも遥かに敬意を払ったものになっていた。
彼の実力と、貴族社会での立ち位置が認められつつあるのだ。
エリアスもまた、その流れを完璧にサポートした。
この数週間、シュミットと共に学んだ知識が活きる。
相手の家柄、現在の事業状況、派閥の力関係。
それらが頭に入っているおかげで、ヴォルフに必要な情報を瞬時に耳打ちし、会話を円滑に進めることができた。
「素晴らしいですね、ハルトマン卿。それにしても、奥様も博識でいらっしゃる」
「ええ、私の自慢の妻ですから」
貴族たちがエリアスにかける言葉も、以前のような空虚なお世辞ではなく、好意的な響きを含んだものが増えた。
それを素直に受け取れている自分に気づき、エリアスは嬉しくなった。
ヴォルフに愛され、必要とされたことで、ボロボロだった自尊心が少しずつ回復しているのかもしれない。
「ありがとうございます。過分なお言葉です」
エリアスが微笑みながら返事をすると、相手の若い貴族男性が、さらに会話を広げようと身を乗り出してきた。
「いや本当に、今日の衣装もよくお似合いで……もっとお話をお聞かせ願えませんか?」
しかし、その会話が続くことはなかった。
「――すまないが」
すっ、とヴォルフがエリアスと男の間に割り込んだのだ。
にこやかな笑顔だが、その目は全く笑っていない。
「妻は私とのダンスの約束があるものでね。失礼するよ」
「あ、はあ……失礼いたしました」
男はヴォルフの圧に気圧され、すごすごと引き下がっていった。
その後も、誰かがエリアスに好意的に話しかけるたびに、ヴォルフが即座に会話を遮り、エリアスを回収していく。
エリアスが苦笑して見上げると、ヴォルフは「何か文句があるか?」と言わんばかりに、エリアスの腰をぐっと引き寄せた。
「……嫉妬深いんですね、旦那様」
「君が魅力的すぎるのが悪い」
むくれたようなヴォルフの顔が愛おしくて、エリアスは幸せな溜息をついた。
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