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第1章
待っていてくれた人
しおりを挟む一通りの挨拶回りが落ち着いた頃、会場の空気がふわりと和らぎ、楽団の演奏がワルツへと変わった。
ダンスの時間だ。
「踊ってくれるかい?エリアス」
ヴォルフが恭しく手を差し出す。
エリアスはその手に自分の手を重ね、フロアの中央へと進み出た。
以前よりもずっと自然に、身体がリズムに乗る。
ヴォルフの手がエリアスの腰を抱き寄せ、エリアスもヴォルフの肩に手を添える。
(……懐かしいな)
前回の夜会でも、こうして二人で踊った。
あの時、エリアスはこの時間が永遠に終わらなければいいと願った。
ダンスという「口実」があれば、堂々とヴォルフに触れていられたからだ。
役目のための演技だと思い込みながら、その温もりに縋り付いていた。
でも今は、その時とは全く違う。
エリアスがヴォルフに身を寄せれば、ヴォルフはそれを当然のこととして受け入れ、さらに強く抱きすくめるように密着してくる。
それは単なるダンスのホールドではなく、愛おしさを確かめ合う抱擁であり、周囲への求愛の誇示でもあった。
そして何より、視線が違う。
ヴォルフのアイスブルーの瞳が、至近距離から真っ直ぐにエリアスを見つめている。
そこには、隠しようのない情熱と慈愛が溢れていた。
(……彼は、前からもこんな風に見てくれていたのだろうか)
ふと、そんな思いがよぎる。
以前のエリアスは、ヴォルフの瞳を直視することが怖くて、すぐに目を逸らしたり、伏せたりしていた。
「愛されるはずがない」という思い込みと、自分の価値を信じられない呪いのような自己肯定感の低さが、彼の愛の視線に気づかせなかったのかもしれない。
もしあの時、ヴォルフが無理に踏み込み、対話を求めていたらどうなっていただろう。
エリアスが心を閉ざしたままの状態で、彼が強引に愛を説いたり、気持ちを問い詰めたりしていたら。
きっとエリアスはパニックになり、逃げ出し、関係は破綻していただろう。
(……ヴォルフは、ずっと待っていてくれたんだ)
彼はいつでも、優しくエリアスの歩調に合わせてくれた。
何を言いたいのか、何をしたいのか。
エリアスが自分の殻を破って出てくるまで、決して急かすことなく、ただ静かに手を広げて受け入れてくれていた。
その忍耐強い愛があったからこそ、エリアスは自然と彼を信頼し、明確に「好きだ」と自覚することができた。
自分から「この気持ちを伝えたい」と思えるまで、心を育てることができたのだ。
(ああ、なんて……愛しい人なんだろう)
そう改めて思うと、胸の奥から熱いものが込み上げ、ヴォルフへの愛しさが抑えきれなくなった。
エリアスはヴォルフを見つめ返し、心からの幸福を込めて、ふわりと微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、ヴォルフの目が僅かに見開かれ、ステップが一瞬だけ乱れた。
彼はすぐに体勢を戻すと、エリアスを引き寄せ、耳元で吐息混じりに囁いた。
「……だめだ、エリアス」
「え?」
「あまり可愛い顔を、ここでしたらいけない。他の男に見せるな」
ヴォルフの腕に力がこもる。
「その顔は、二人きりの時だけにしてくれ」
嫉妬と独占欲が入り混じった、甘い低音。
その必死さが可笑しくて、嬉しくて、エリアスはまた声を上げて笑ってしまった。
「ふふ、分かりました。旦那様」
二人は銀色の衣装を翻し、愛を囁き合いながら、幸せな旋律の中を回り続けた。
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