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第1章
安らぎの帰路
しおりを挟む夢のようなダンスの時間が終わり、ヴォルフはエリアスの背中を優しく支えて、壁際の休憩スペースへと導いた。
「少し休もうか。喉が渇いただろう」
以前ならば、ここでヴォルフ自身が飲み物を取りに行っていた場面だ。
しかし今回は違った。
ヴォルフはエリアスをソファに座らせると、自分は片時もそばを離れず、通りがかったボーイを呼び止めて飲み物をオーダーしたのだ。
「……ヴォルフ?」
「言っただろう。一秒たりとも離れないと」
ヴォルフは真剣な眼差しで答えた。
前回の夜会で、エリアスを一人にした隙に危険な目に遭わせてしまったことを、彼は未だに深く悔いているのだ。
その徹底した守りの姿勢に、エリアスは胸が熱くなった。
「ありがとうございます。……頼もしいです」
ヴォルフが隣に座り、鋭い眼光で周囲を牽制しているおかげで、不躾に近づいてくる者は誰一人としていなかった。
これほど強力で怖いアルファが番犬のように控えているのだから、当然だろう。
その代わり、遠巻きにこちらを見る視線には、明らかな変化があった。
お揃いの銀色の衣装に身を包み、寄り添う二人の姿を、好意的な貴族たちが温かい目で見守っているように感じるのだ。
扇の陰から聞こえる囁きも、「お似合いね」「仲睦まじいこと」といった肯定的な響きを帯びている。
(……なんだか、くすぐったいな)
今まで、他人からの視線といえば嘲笑か同情、あるいは値踏みするような冷たいものばかりだった。
プラスの感情を向けられることに慣れていないエリアスは、背中がむず痒くなるような気分で少し身を縮めた。
けれど、もう俯いたりはしない。
(これからは、味方を増やしていかなくては)
ヴォルフはこれから、さらに高みへと昇っていく。
その妻として彼を支えるためには、ただ守られているだけではいけない。
周囲に好印象を与え、ハルトマン家の味方となってもらえるような関係を築いていく必要がある。
そのためにも、こうした温かい視線に慣れ、堂々と微笑んでいられるようになろう。
エリアスはグラスを傾けながら、密かにそう決意した。
大きなトラブルもなく、夜会は無事に終了した。
会場を後にし、迎えの馬車に乗り込む。
ふかふかの座席に座った途端、張り詰めていた緊張が解け、心地よい疲労感が押し寄せてきた。
ガタゴトと揺れるリズムが、ゆりかごのように眠気を誘う。
エリアスはとろんとした目で、隣に座るヴォルフの肩に頭を預けた。
(……前とは、大違いだ)
前回の夜会からの帰りは、恐怖と絶望に震え、ヴォルフの腕の中で泣きじゃくりながら意識を失うように眠った。
けれど今は、心臓の音は穏やかで、満ち足りた幸福感だけが胸にある。
「眠いか?エリアス」
「……はい。ヴォルフのそばだと、安心してしまって……」
エリアスがうとうとと目を細めると、ヴォルフの大きな手が伸びてきた。
エリアスの髪を、一定のリズムで優しく、愛おしげに撫でる。
「屋敷に着くまで眠るといい。私がついている」
その言葉と、頭を撫でられる感触に守られ、エリアスは完全に力を抜いた。
何の不安もない。
ただ愛する人の体温を感じながら、エリアスは穏やかな微睡みの中へと落ちていった。
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