銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第1章

最初の一歩

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あの夜会の日から、エリアスの中で何かが確実に変わった。
ヴォルフに守られるだけの、か弱い存在でいたくない。
彼の隣に胸を張って立ち、彼を支える力になりたい。
その思いが、エリアスを新たな行動へと突き動かした。

ある日の午後、エリアスは執事のシュミットを呼び止めた。

「シュミット。今まで届いていた、茶会への招待状……見せてもらえないか」

「茶会」とは、貴族の奥方やオメガたちが集まり、優雅に紅茶を飲みながら交流する場のことだ。
しかしその実態は、マウントの取り合いや腹の探り合い、陰湿な噂話が飛び交う、ある意味で夜会よりも恐ろしい「女の戦場」である。

以前のエリアスなら、想像するだけでゾッとして、決して近づこうとはしなかっただろう。
実際、招待状が来ていることは知っていたが、開封すらせずに放置していたのだ。

「かしこまりました。すぐに手配いたします」

シュミットが持ってきたのは、銀の盆に山と積まれた封筒の束だった。
エリアスは一つ一つ、丁寧に目を通していく。

(……やはり、多いな)

夜会での挨拶回りでも、「ぜひ今度、お茶でも」と声をかけられることが増えた。
それは単なる社交辞令ではなく、新興勢力であるハルトマン家の内情を知りたいという好奇心や、あわよくば取り入りたいという計算も含まれているだろう。

だが、それこそがチャンスだ。
この閉鎖的なコミュニティに入り込めば、表の社交界では出てこないような、各家の内情や人間関係の情報を集めることができる。
貴族社会での味方を増やし、ヴォルフの助けになる情報を掴むために、エリアスは腹を括った。

「これにしよう」

エリアスが選んだのは、一番近い日付で開催される、中堅貴族の男爵家主催の茶会だった。
いきなり上位貴族の茶会に参加するのはハードルが高すぎるし、集まるメンバーも古狸のような手強い相手ばかりだろう。
まずは中規模の集まりから始めて、少しずつ空気に慣れていくのが賢明だ。

「参加の返事を出しておいてくれ」
「承知いたしました。……エリアス様、ご無理はなさらないでくださいね」
「ああ。大丈夫だよ」

その日の夕食時。
エリアスはヴォルフに、茶会への参加を決めたことを報告した。

「来週末、男爵家の茶会に出席しようと思うんです」

その言葉を聞いた瞬間、ヴォルフはナイフを止めて眉をひそめた。

「茶会……?あの、奥方たちの集まりにか?」

ヴォルフの顔には、明らかな懸念の色が浮かんでいた。
彼もまた、その閉鎖的な社会の恐ろしさを噂で知っているのだろう。
笑顔の裏で毒を吐き合うような場所へ、心優しいエリアスを一人で送り込むことに抵抗があるようだ。

「無理をしなくていいんだぞ、エリアス。君がそんな場所にわざわざ行かなくても……」
「いいえ、ヴォルフ。これは私が決めたことなんです」

エリアスは真っ直ぐにヴォルフを見つめた。

「私は、貴方の妻としてもっと役に立ちたいんです。あそこには、書斎の資料だけでは分からない生きた情報があります。これからのハルトマン家のために、味方を増やしたいんです」

その瞳には、かつてのような怯えや諦めはなく、未来を見据える強い光が宿っていた。
ヴォルフはしばらくエリアスを見つめていたが、やがてふっと表情を緩め、優しく微笑んだ。

「……君には敵わないな。分かった、応援するよ」

ヴォルフはエリアスの決意を尊重し、背中を押してくれた。
妻が自分のために強くなろうとしていることが、誇らしく、愛おしいのだろう。

「でも、もし誰かに嫌なことを言われたらすぐに帰ってくると約束してくれ。君が傷つくことだけは許せない」
「ふふ、過保護ですね。でも、大丈夫です」

エリアスは胸に手を当てて言った。

「その時は、またヴォルフにもらったあのブローチをつけていきますから」
「ブローチを?」
「はい。あれをつけていれば、ヴォルフがそばにいて守ってくれているような気がして、強くなれるんです。いつでも、貴方に守ってもらいたいから」

素直な思いを伝えると、ヴォルフは目尻を下げ、蕩けるような優しい笑顔を見せた。

「ああ。私の魂は、いつでも君と共にあるよ」

二人は食卓越しに微笑み合い、新たな挑戦への一歩を共有した。
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