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第1章
全部任せて
しおりを挟むその夜も、いつも通り二人で夕食を終え、当然のようにヴォルフの部屋へと向かった。
名実ともに夫婦となってから、エリアスにもプライベートな空間として個室は与えられているが、夜は完全にヴォルフの部屋で過ごすのが常となっていた。
以前のベッドでは手狭だったため、特注のキングサイズのベッドを新調し、今は毎晩そこで身体を寄せ合って眠っている。
「では、湯浴みをしてきますね」
寝支度をしようと、エリアスがバスルームへ向かおうとした時だった。
背後から伸びてきた腕に、ふわりと抱き留められた。
「ヴォルフ?どうしました?」
「エリアス。……今夜は、一緒にどうだ?」
「え……一緒に、ですか?」
思いがけない誘いにエリアスが目を丸くすると、ヴォルフは首筋に顔を埋め、甘えるように囁いた。
「ああ。今夜は……私が君の全部を世話させてほしいんだ。だめか?」
「ぜ、全部……」
その言葉の響きに、エリアスは耳まで真っ赤になった。
けれど、ヴォルフの甘い声と体温に抗えるはずもない。
こくり、と小さく頷くと、ヴォルフは嬉しそうにエリアスの手を引き、部屋の奥にある扉を開けた。
そこは、いつものアンナに世話をされるバスルームとは違う、主専用の広々とした浴場だった。
大理石の床に、数人は入れそうな大きな猫足のバスタブ。
エリアスはこの場所の存在は知っていたが、いつもはアンナが手際よく世話をしてくれるため、実際に足を踏み入れるのは初めてだった。
「さあ、おいで」
ヴォルフは本当に、宣言通り「全部」をするつもりだった。
エリアスの前に立つと、手慣れた様子でボタンを外し、衣服を一枚ずつ脱がしていく。
抵抗することなくされるがままになり、やがて一糸纏わぬ姿にされると、今度はヴォルフが自身の服を脱ぎ捨てた。
「……っ」
エリアスは思わず視線を彷徨わせた。
セックスをする時に、互いの裸を見たことは何度もある。
けれど、夜の薄暗い灯りの中ではなく、湯気と照明に満ちた明るい場所で、全裸で向き合うのは初めてだ。
改めて見せつけられる、鍛え上げられたアルファの肉体と、自分の薄い身体との圧倒的な体格差。
分厚い胸板や、逞しい腕の筋肉をまじまじと見てしまい、エリアスは心臓が早鐘を打つのを感じた。
「顔が赤いな。湯にあたるにはまだ早いぞ」
ヴォルフは楽しそうに笑うと、エリアスの手を引いて洗い場へとエスコートした。
椅子に座らされ、適温の掛け湯を肩から流される。
そして、たっぷりと泡立てられたスポンジで、優しく身体を洗われ始めた。
「ん……」
首筋、背中、そして指の先まで。
ヴォルフの大きな手が、慈しむようにエリアスの肌を滑る。
続いて髪も、指の腹を使って丁寧にマッサージするように洗われる。
エリアスは自分で指一本動かすことなく、ただ目を閉じてヴォルフに身を委ねた。
幼子のように世話をされる恥ずかしさと、何よりも大切に扱われているという極上の心地よさ。
愛しげな視線が肌に触れるたび、心が温かいもので満たされていく。
「綺麗になったな」
全てを洗い終えると、ヴォルフはエリアスを軽々と抱き上げた。
そのままバスタブの中へ入り、お湯に浸かる。
ヴォルフは腰を下ろすと、エリアスを自身の膝の上に、向かい合う形で乗せた。
「ふぁ……温かい……」
たっぷりの湯が身体を包み込み、背中からはお湯の熱が、胸とお腹からはヴォルフの体温が伝わってくる。
至近距離で見つめ合う瞳。
湯気で潤んだヴォルフの顔は、たまらなく色っぽく、そして優しかった。
「……ヴォルフ。凄く、気持ちよかったです。ありがとうございます」
エリアスがうっとりと礼を言うと、ヴォルフは濡れた前髪をかき上げながら、破顔した。
「礼を言うのは私の方だ。全部私に任せてくれて、ありがとう。君の世話ができるなんて、至福の時間だよ」
そう言って、ヴォルフは湯の中でエリアスの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
エリアスもまた、ヴォルフの広い背中にしがみつく。
ちゃぷン、とお湯が揺れる音だけが響く浴室。
言葉はなくとも、互いの鼓動が重なり合い、深い愛と安らぎが二人を包み込んでいた。
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