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第2章
嵐の前の約束
しおりを挟む初めての茶会が無事に終わってから数日後。
エリアスの日常は、以前にも増して充実したものになっていた。
日中は執事のシュミットと共に書斎に籠もり、領地の財政や運営についての勉強に励む。
そして夜は、帰宅したヴォルフと共に食卓を囲み、その日の出来事を報告し合う。
そんな穏やかで幸せな日々の中、夕食の席でヴォルフが改まった様子で口を開いた。
「エリアス。……カレンダー通りなら、今月末についに君のヒートが来るね」
その言葉に、エリアスはナイフを置いて頷いた。
以前の自分であれば、ヒートの時期が近づくことは恐怖と苦痛の予兆でしかなかった。
薬もなしに一人で耐える孤独な地獄。
けれど今は違う。
エリアスはその時を、心から待ち望んでいた。
(やっと……本当の意味で、彼と一つになれる)
あの夜、彼の優しさに触れて以来、ずっと願っていたことだ。
エリアスはヴォルフを見つめ、少し頬を染めながらも、素直な気持ちを伝えた。
「はい。……早く、貴方のものにしてほしいです」
迷いのないその言葉に、ヴォルフは嬉しそうに目を細めたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「もちろんだよ。私もその時をずっと待っていた」
ヴォルフはエリアスの手をテーブル越しに握りしめた。
「ヒート期間は、短くても三日、長ければ七日ほど続く。一度始まってしまえば、いつ終わるかは誰にも分からない。……その間、私は片時も君のそばを離れるつもりはない」
それはつまり、巨大なハルトマン家の当主が、最長で一週間も仕事を完全に放棄するということだ。
多忙を極める彼にとって、それがどれほど大変な調整を必要とするか、今のエリアスなら痛いほど理解できる。
「だから、その期間を確保するために……申し訳ないが、これから少しの間、仕事を詰めることにした。帰りが遅くなったり、君を寂しくさせてしまうかもしれない」
ヴォルフの言葉に、エリアスは深く頷いた。
愛する妻との時間を最優先にするために、彼は今、必死で外の世界と戦ってくれているのだ。
「私のことは心配なさらないでください。会えない時間は寂しいですが、その先に貴方といられる時間が待っているのですから」
エリアスはヴォルフの手を握り返し、眉を下げた。
「でも……私は、ヴォルフが無理をして倒れたりしないか、それだけが心配です」
「ふふ、優しいなエリアス」
ヴォルフは愛おしそうに微笑んだ。
「約束しよう。君の夫として、必ず健康でいると誓うよ。決して無理はしない」
そして、少しだけ拗ねたように唇を尖らせた。
「ただ……健康面は問題ないが、精神的には参るかもしれないな。君とこうして過ごす時間さえ削って仕事をしなければならないなんて、私にとっては最大の苦痛だよ」
本気で嘆くその姿に、エリアスの胸がキュンと鳴る。
この人は、本当にどこまでも自分を愛してくれている。
「私も……ヴォルフと一緒にいたいです」
エリアスは素直に答えた。
「ですが、私もその間、さらに勉強を頑張りますから。……離れていても、心は一緒です」
「エリアス……」
ヴォルフは感動したように目を潤ませ、握っていたエリアスの手に口づけを落とした。
これから訪れる数日間の忙忙と寂しさ。
けれど、それを乗り越えた先には、誰にも邪魔されない二人だけの濃密な時間が待っている。
(七日間、ずっと一緒だなんて)
食事も、眠る時も、そして愛し合う時も。
片時も離れず、本能のままに求め合う日々。
そんな未来を想像して、エリアスはふにゃ、と頬を緩ませて幸せそうに笑った。
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