銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第2章

空っぽのベッド

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その夜も、ヴォルフが屋敷に戻ったのは日付が変わる頃だった。
山積みだった案件を鬼のような集中力で片付け、疲労はピークに達していたが、足取りは軽かった。
食事は執務室で簡単に済ませてある。

湯浴みなどの寝る支度をするよりも先に、外出着のまま、愛する妻の寝顔を見に行く。
それが、この一週間、仕事詰めで帰宅した時のヴォルフの唯一の楽しみであり、日課となっていた。

廊下を歩きながら、今日受けた報告を思い返す。
執事のシュミットからは、エリアスが領地経営の実務を熱心に手伝ってくれていることや、夕食でスープを美味しそうに食べていたという微笑ましい報告があった。
アンナからは、エリアスが少し寂しそうではあるものの、今月末のヒート期間を心待ちにしている様子だと聞かされた。

(……可愛いエリアス)

ヴォルフは口元を緩めた。
早く、ヒート期間を迎えたい。
七日間、外界との連絡を絶ち、一時も離れず愛し合いたい。

抑制剤なしで迎える「本当のヒート」に侵されたエリアスは、きっといつも以上に理性を失い、乱れて、ヴォルフを求めてくれるだろう。
そのすべてを受け止め、愛し尽くすためには、今ここでしっかりと仕事を終わらせ、体力を残しておかなければならない。

(今日はどんな顔で眠っているだろうか)

ヴォルフは逸る気持ちを抑え、エリアスを起こさないように静かに寝室の扉を開けた。
薄暗い部屋に、足音を忍ばせて入る。

「……エリアス、ただいま」

小声で囁きかけながら、天蓋付きの大きなベッドへと近づいた。
しかし。

「――え?」

ヴォルフの動きが凍りついた。
ベッドの上には、誰もいなかった。
アンナが完璧に整えたシーツには皺一つなく、人が寝た形跡すらない。
エリアスの姿は、どこにもなかった。

「エリアス……?」

さっと血の気が引き、心臓が早鐘を打ち始める。
トイレだろうか? いや、この時間の屋敷は静まり返っている。
ヴォルフは鋭い視線で部屋中を見渡した。
その時、カーテンが風に揺れているのが目に入った。

(窓が……?)

近づいてみると、窓の鍵が外され、半開きになっていた。
外は凍えるような冬の寒さだ。エリアスが換気のために開けるはずがない。
窓枠や床に争ったような痕跡は残されていなかったが、ヴォルフは商人の、いや、アルファとしての直感で全てを悟った。

何者かがここから侵入し、エリアスを連れ去ったのだ。
あの用心深いエリアスが抵抗した形跡もないということは、プロの手による犯行か、あるいは薬を使われたか。

(攫われた……!)

瞬間、ヴォルフの視界が怒りと衝撃で真っ赤に染まった。
愛する妻が、最も安全であるはずのこの部屋から奪われた。
その事実は、ヴォルフの中に眠っていた獣を呼び覚ますのに十分だった。

「シュミットッ!!」

屋敷中に響き渡るような怒号を上げて、ヴォルフは部屋を飛び出した。
廊下を走りながら、全身から殺気にも似たフェロモンが噴き出す。

「許さない……絶対に」

ギリ、と奥歯が砕けそうなほど噛み締める。

「私のものに手を出したことを……死ぬまで後悔させてやる」

ヴォルフの瞳には、かつてないほどの昏い憤怒の炎が燃え盛っていた。
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