銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第2章

飼い殺しの闇

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再び意識が浮上した時、鉛のように重かった全身の倦怠感が、幾分か軽くなっていることに気づいた。
まだ手足は重いが、指先を動かす感覚が少し戻っている。

(……動ける、かもしれない)

そう希望を抱いたのも束の間、ガチャリと扉が開く音がした。
続いて、ガラガラと車輪が回るような音が近づいてくる。
ワゴンか何かだろうか。

「……食事の時間です」

頭上から降ってきたのは、感情の抜け落ちた淡々とした女性の声だった。
この屋敷のメイドだろう。

「口を開けてください」

目隠しも、手足の拘束も解かれることはない。
エリアスは警戒して唇を引き結んだが、食べないまま衰弱して死ぬのは嫌だった。
生きていれば、ヴォルフが助けに来てくれるかもしれない。その一縷の望みにかけて、エリアスは大人しく口を開いた。

運ばれてきたのは、小さくカットされた肉や、滑らかなポタージュだった。
視界が遮られているため何を食べているかは舌で判断するしかないが、肉は柔らかく、味付けも繊細だ。
こんな状況で皮肉なことだが、ここが上位貴族の屋敷であり、エリアスが「丁重に」扱われている商品であることが分かってしまう。

「……最後です」

食事を終えると、スプーンではなく、小さなカップのようなものが口元に当てられた。

「これを飲んでください」

クッ、と傾けられ、少量の液体が流れ込んでくる。
とろりとした、甘いシロップのような味。
いきなりのことで咄嗟に飲み込んでしまったエリアスは、しまった、と思ったがもう遅かった。

「失礼いたします」

メイドは食器を片付けると、静かに退室していった。
施錠される音が響く。
直後、身体の奥からずしりと重い感覚が戻ってきた。
先ほどまで少し軽くなっていた倦怠感が、倍になってのしかかってくる。

やはり、あの甘い液体は、身体の自由を奪い、思考を鈍らせるための薬だったのだ。
その夜もまた、同じメイドがやってきた。
夕食を与えられ、その後、ぬるま湯に浸した布で身体を丁寧に拭われた。

「……っ」

拘束されたまま衣服を脱がされ、見知らぬ人間に肌を晒すのは恐怖だった。
何をされるか分からない。

しかし、メイドはただ淡々と汚れを落とし、新しい着心地の良い衣服に着替えさせるだけだった。
身体を清潔に保つ以外のことは、何も起こらない。

それが逆に、エリアスを追い詰めた。
メイドが来る時間以外は、完全な静寂と闇だ。
何も起きないこの時間は、バンガルド卿がただひたすらに、エリアスにヒートが来るその時を待っている時間なのだと思い知らされるからだ。

(……あと、どれくらいだ?)

思考が鈍り、時間の感覚が曖昧になってきている。
だが、メイドが食事を運んできた回数から数えるに、おそらくすでに四日は経っているはずだ。

毎回の食事の後に飲まされる薬のせいで、身体は永続的に怠く、言うことを聞かない。
喉の筋肉も麻痺しているのか、叫ぶどころか声を出すことさえ億劫で、ただぐったりとベッドに沈んでいることしかできない。

(……人形になったみたいだ)

恐怖に怯え、綺麗に磨かれ、ただ持ち主が遊びに来るのを待つだけの人形。
この日々の繰り返しの中で、エリアスの心は防衛本能からか、だんだんと閉ざされ始めていた。
考えることも、動くこともままならない闇の中。
エリアスは目隠しの下で、虚ろな目を開け、ヴォルフのことを想った。

(ヴォルフ……)

声は、もう掠れてほとんど出ない。
唇だけで小さく名前を呼ぶ。
その度に、目尻からつぅーっと涙が伝い落ちるが、もう大泣きする気力さえ失われていた。

心が、壊れかけている。
あれほど鮮明だったヴォルフとの幸せな生活の記憶が、遠い夢のように霞んでいく。
この暗闇から抜け出し、再びあの光の中にいる自分が、もう上手く想像できない。

(……会いたい……でも……)

もう無理なのかもしれない。
絶望が黒いインクのように心に染み渡り、エリアスは思考を手放した。

薬の効果も相まって、気絶するように深い眠りの底へと落ちていった。
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