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第2章
ガラスの瞳
しおりを挟む目隠しをされた暗闇と、薬による倦怠感。
同じことの繰り返しで、もうすでに何日が経過したのか、まったく分からなくなっていた。
朝も夜も、時間の概念さえ溶け去った世界で、エリアスはただ呼吸をするだけの肉塊となっていた。
ガチャリ、と重い扉が開く音がした。
いつものメイドの足音とは違う、革靴が床を叩く硬い音。
人形のようにぐったりとベッドに横たわるエリアスの元に、初日ぶりにバンガルド卿が訪れた。
「……随分と大人しくなったな」
男の手が伸び、エリアスの視界を塞いでいた目隠しを解いた。
数日ぶりに光が差し込む。
けれど、エリアスは眩しさに目を細めることもしなかった。
全ての抵抗の気力を失い、焦点の合わない瞳でぼんやりと天井を見つめるだけ。
バンガルド卿に見つめられても、目を合わせることも、何かを言うこともない。
薬のせいで指一本動かすこともままならず、ただそこに在るだけだった。
「ふむ……」
その生気のない姿を、バンガルド卿は満足そうに見下ろした。
そして、エリアスの乱れた黒髪を慈しむように撫でた。
「前より、更に美しくなったな。退廃的な美しさだ」
指先が頬を滑り、唇をなぞる。
「あの父が言うように、弟のヨハンは確かに美しい造形をしているのだろう。だが、私はお前のような夜の闇ごとき黒髪と、セピア色の瞳の方が美しいと感じる。お前こそ、私に愛されるべき存在だ」
そう言いながら、何も反応しないエリアスの唇をねっとりと舐め上げた。
エリアスは身動ぎもしない。
「あの時……私は一生分の屈辱を味わった」
バンガルド卿の声に、どす黒い憎悪が混ざる。
「たかが成り上がりの商人を相手に、アルファとして力負けするなど……あってはならないことだ。あの醜聞は社交界にも広まり、私は汚名を着せられた」
バンガルド卿の手が、エリアスの服の上から身体を這い回る。
肋骨の浮いた胸、腰のラインを、所有物を確認するように撫でつける。
「だが、こうしてお前を攫ってしまえばこちらのものだ。いかに勢いがあるとはいえ、あの男の身分で、上位貴族である私に真っ向から挑むことはあるまい。屋敷に攻め込めば、それこそハルトマン家は終わりだからな」
クツクツと喉を鳴らして笑うと、バンガルド卿はエリアスの耳元で決定的な言葉を告げた。
「あの男は、もう迎えには来ない。……お前は、完全に私のものになったんだ」
(……ああ、そうか)
エリアスの心に、さざ波すら立たなかった。
そうだ、来るはずがない。
もう、自分は汚れてしまった。
「ん……」
バンガルド卿の指がエリアスの唇をこじ開け、そこへ舌が割り込んできた。
口腔内を蹂躙され、唾液を塗りたくられる。
そして口を閉じさせられると、低い命令が下った。
「飲み込め」
エリアスはゆっくりと、喉を動かした。
何も言わず、抵抗もせず、他人の唾液を飲み込んだ。
「いい子だ」
その従順な様子に満足し、バンガルド卿は褒めるようにエリアスの頭を撫でた。
これ以上の行為は、最高のスパイス――ヒート――が来てからだとでも言うように、彼はそれだけで身を引いた。
「また来るよ」
足音が遠ざかり、扉が閉められる。
再び静寂が訪れた。
一人残されたエリアスは、数日ぶりに目隠しを外され、視界の自由を取り戻していた。
けれど、それにさえ気づいていないかのようだった。
部屋の様子を確認することもしない。
逃げ道を探すこともしない。
ただ、何も言わず、何もせず。
魂の抜けたガラス玉のような瞳で、何もない虚空を見つめ続けていた。
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