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第2章
予期せぬ来訪者
しおりを挟む泣き疲れて、泥のように眠っていたエリアスの肩を、誰かが優しく揺り動かした。
「エリアス様、失礼いたします。お食事のご用意ができましたよ」
目を開けると、先ほどの可愛らしいメイドが微笑んでいた。
窓の外は明るい。どれくらい眠っていたのだろう。
深く眠ったおかげか、それともあの屋敷を離れて薬を飲まされなくなったからか、鉛のようだった身体が少しだけ軽く、指先も自分の意志で動かせるようになっていた。
ベッドの上には、身体を起こしたまま食べられるようにと、木製のトレイに乗せられた食事が用意されていた。
「食べられるだけで構いません。……お食事の後は、王宮の専属医師がエリアス様のお身体を診察に参りますから」
そう告げて、メイドは一礼して下がっていった。
おそらく、エリアスを救出した騎士たちが、明らかに様子のおかしいエリアスを見て、「バンガルド卿が何らかの薬物を投与している」と報告したのだろう。
それが身体に深刻な害を与えるものではないか、すぐに診察を手配してくれたのだ。
(……それにしても)
エリアスは湯気の立つスープをスプーンで掬いながら、ぼんやりと考えた。
この豪華な客室を用意し、専属のメイドや医師まで手配してくれるなんて。
迎えに来た王宮騎士の数や、あの立派な馬車。
これらは、「決闘の賭けの対象を一時的に保護する」という名目にしては、あまりにも丁重で、破格の扱いだ。
単なる手続き上の保護ではなく、もっと強い意志――王宮側の明確な庇護の意志を感じる。
「……ん」
口に運んだスープは、野菜の甘みが溶け込んだ優しい味だった。
誰かに無理やり押し込まれるのではなく、自分の手で掬い、自分のペースで味わう食事。
それが当たり前のことなのに、今のエリアスには涙が出るほど尊く、美味しく感じられた。
温かさが、空っぽだった胃袋と凍えた心にじんわりと染み渡っていく。
食事を終えてしばらくすると、予告通り白衣を着た初老の医師がやってきた。
彼はエリアスの瞳孔や脈拍を丁寧に確認し、安堵したように頷いた。
「ふむ……鎮静作用と筋弛緩作用のある薬物を、長期にわたって服用させられていたようですね」
医師はカルテに何かを書き込みながら、エリアスに向き直った。
「常服させられていたことは気がかりですが、今のところ内臓機能や神経系に、明らかに副作用や後遺症となるような異常は見られません。成分が身体から完全に抜ければ、数日で元の体力に戻るでしょう」
「……よかった」
エリアスは深く息を吐いた。
もし身体がボロボロになっていたら、ヴォルフが悲しむ。
健康な身体に戻れるという保証をもらえただけで、心の重荷が一つ下りた気がした。
医師が退室し、広い部屋に一人残された。
静寂の中で、エリアスの思考は自然と「決闘」のことへと向かった。
(決闘は、いつ行われるんだろう)
貴族院への申請から受理、そして実際に申し込まれた相手への通達。
それらの手続きを経て、騎士団が保護に動いたのが今日だということは、決戦の期日はもう目前に迫っているはずだ。
これだけの騒ぎになっているのだ。時間を置くことはないだろう。
おそらく、明日か、明後日か。
そのくらい近い未来に、ヴォルフの運命が決まる。
(ヴォルフ……勝算はあるのか?怪我はしないか?)
ぐるぐると悪い想像ばかりが膨らみ、エリアスは頭を抱えて唸った。
じっとしていられない。
かといって、この部屋から出ることもできない。
コン、コン。
その時、重厚な扉がノックされた。
メイドだろうか、それとも医師の忘れ物だろうか。
「……はい」
エリアスが返事をすると、扉がゆっくりと開き、一人の男が入ってきた。
その姿を見た瞬間、エリアスは息を呑み、動揺のあまり立ち上がりかけたが、足がもつれて座り直してしまった。
そこにいたのは、エリアスですら顔を知っている、この国の最重要人物の一人。
輝くような金髪と、理知的な碧眼を持つ青年。
「――アルシード殿下!?」
第一王子、アルシード殿下だった。
雲の上の存在である王族が、なぜこんな一室に自ら足を運んでくるのか。
アルシード王子は、驚愕に固まるエリアスを見て、親しげに、しかし気品ある微笑みを浮かべた。
「驚かせてすまない。……入ってもいいか?」
「は、はい……!」
エリアスは動揺で声を裏返らせながらも、慌てて頷いた。
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