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第2章
最高の旦那様
しおりを挟むコン、コン。
扉がノックされる音がして、二人は弾かれたように唇を離した。
メイドが湯と布を持ってくるタイミングだ。
興奮で乱れていた互いの衣服を慌てて整え、なんとか呼吸を落ち着かせる。
「……どうぞ」
ヴォルフが平静を装って声をかけると、メイドが入室し、ワゴンにたっぷりの湯と清潔な布を置いて、すぐに下がっていった。
二人は顔を見合わせ、安堵の息をついた後、少し照れくさそうに笑い合った。
「さあ、綺麗にしよう」
ヴォルフは湯に浸して絞った温かい布を手に取り、エリアスの汗ばんだ肌や、情事の痕跡を隅々まで丁寧に拭ってくれた。
そしてお返しに、今度はエリアスが布を受け取り、ヴォルフの身体を拭い始めた。
逞しい胸板、傷ついた脇腹を避けて、優しく背中を拭く。
その最中、エリアスはふと、心に溜まっていた思いを口にした。
「……ヴォルフがあんなに強いなんて、私、知りませんでした」
「そうか?昔はよく鍛錬していたからね」
「でも……あんな無謀なことは、もうしないでほしいです。貴方が傷つくのを見るのは、私の身が裂かれるよりも辛いですから」
エリアスはヴォルフの背中に額を押し付け、震える声で訴えた。
けれど、すぐに顔を上げ、濡れた瞳で真っ直ぐに夫を見つめた。
「……それでも。私のために戦って、勝ってくださって……改めて、ありがとうございます、ヴォルフ」
心からの感謝を告げると、ヴォルフは拭かれている途中だというのに振り返り、エリアスを強く抱きしめた。
「……すまない。君に心底心配させることは分かっていた」
ヴォルフはエリアスの髪に顔を埋め、低い声で囁いた。
「それでも……君と私の未来を、たとえ信頼している騎士であっても、他人になど託したくなかったんだ。君を取り戻すのは、私自身の腕でなくてはならなかった」
その深い愛と執着に、エリアスは胸がいっぱいになった。
この人は、どこまでも自分を大切に想ってくれている。
エリアスはヴォルフの背中に腕を回して頷き、精一杯の笑顔を見せた。
「はい。……貴方は勝って、私を救ってくださいました。貴方は、最高の旦那様です」
その言葉を聞いた瞬間、ヴォルフの動きが止まった。
「……エリアス」
ヴォルフは苦悶の表情を浮かべ、エリアスの肩を掴んだ。
「君が本当に可愛くて……おかしくなりそうだ。このまま最後まで抱き潰したいが……我慢だな」
怪我と場所を考慮しての理性的な判断だが、その瞳は欲望で揺れている。
エリアスは少し悪戯っぽく、けれど真剣に首を傾げて言った。
「私も我慢しますから……ね?」
上目遣いでそう言われると、ヴォルフは「あぁ……可愛い……」と呻き、限界そうに頭を抱えた。
その後、なんとか互いの昂りを落ち着かせ、用意された肌触りの良いナイトウェアに着替えた二人は、一つのベッドに入った。
広い王宮のベッドだが、二人は吸い寄せられるように密着する。
エリアスはすっぽりとヴォルフの腕の中に収まった。
(……ああ)
鼻腔を満たす、森のようなアルファの香り。
背中を包み込む、大きく温かい体温。
この場所に帰ってくることができた。
もう二度と戻れないかもしれないと絶望した、この安らぎの時間がまた戻ってくるなんて。
エリアスはまた泣きそうになり、それを誤魔化すようにヴォルフの胸板にすりすりと顔を擦り寄せた。
ヴォルフはそんなエリアスの気持ちを察したのか、優しく髪を撫で、額にキスを落とした。
「……思わぬことで、こうして仕事にも穴をあけてしまったが」
ヴォルフは穏やかに、けれど力強く言った。
「約束通り、ヒート期間は君と片時も離れずに過ごせるよう、必ず調整すると誓うよ。だから安心してお休み」
「……はい」
その言葉は、どんな宝石よりも嬉しい約束だった。
ヴォルフがいれば、もう何も怖くない。
エリアスは絶対的な安心感に包まれ、愛する夫の腕の中で、安らかに目を閉じた。
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