銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第2章

幸福という復讐

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翌朝。
柔らかな陽光が差し込む王宮の一室で、エリアスとヴォルフはメイドが用意した朝食を二人で摂った。
傷の痛みはまだあるものの、ヴォルフと共に迎える朝はそれだけで心を穏やかにしてくれた。

着替えを済ませ、一息ついた頃、部屋の扉がノックされた。

「おはよう。二人とも、顔色は良さそうだな」

入ってきたのは、アルシード第一王子だった。
彼は労わるような視線を二人に向けた後、少し言い淀むように、しかし真剣な表情で切り出した。

「申し訳ないが……これから行われる裁判のために、エリアス殿の調書を作成したい」
「調書、ですか」
「ああ。あの男の罪を確定させ、極刑および爵位剥奪に追い込むためには、被害者である君の正確な証言が必要なんだ」

エリアスは迷わず「もちろんです」と答えようとしたが、隣に座るヴォルフが痛ましげに眉を寄せた。

「……本当に良いのか、エリアス?思い出すことで、また君が嫌な思いをして傷つくなら……」
「いいえ、ヴォルフ」

エリアスは首を横に振った。

「あの男を裁くためなら、協力します。……それに、貴方がそばにいてくれるなら、私は何でもできますから」

エリアスが気丈に微笑むと、ヴォルフは無言で頷き、エリアスの手をぎゅっと握りしめてくれた。
その温かさが、勇気をくれる。

アルシード王子が記録係を控えさせ、静かに聞き取りを始めた。
エリアスはヴォルフの手の感触を頼りに、あの屋敷で起きたことを一つ一つ、丁寧に証言していった。

「あの夜、ハルトマン邸の寝室に侵入者が現れ、私は誘拐されました。目覚めた時には薬を服用され、身体の自由が効かず、目隠しをされ鎖で拘束されていました……」

記憶の蓋を開ける。
バンガルド卿に「ヒート期間になったら番にする」と宣言されたこと。

「上位貴族にハルトマン家が攻めてくることはない、ヴォルフは迎えに来ない」と絶望を植え付けられたこと。
定期的にメイドによって食事と排泄の世話をされたが、その食事のたびに薬を盛られ、思考と身体の自由を奪われ、人形のようになっていったこと。

「数日後……改めてバンガルド卿が訪れました。そこで初めて目隠しを外されましたが、薬で抵抗できず、唇に触れられ、唾液を飲まされました」

ヴォルフの握る手に力がこもるのが分かった。
エリアスは淡々と続ける。

「その日から毎日、何時間も口付けされたり、全裸にされて全身を舐め尽くされる日々が続きました。そして……騎士の方々に保護されたあの日」

エリアスは一瞬言葉を詰まらせたが、深呼吸をして告げた。

「全裸にされてまた舐められている途中、ヒートが近づいて濃くなっていく私のフェロモンに、バンガルド卿は興奮を抑えられなくなりました。そして……無理やり口で奉仕させられ、酸素を奪われながらも精液を飲まされました」

部屋には重苦しい沈黙が落ちた。
ヴォルフはエリアスの手を骨が軋むほど強く握りしめ、小刻みに震えていた。

怒りと、守れなかった悔しさが渦巻いているのだ。
全ての証言を聞き終えると、アルシード王子はペンを置き、深く息を吐いて立ち上がった。

「……辛いことを話させてすまなかった。ご協力に感謝する」

王子の碧眼には、王族としての冷徹な怒りが宿っていた。

「必ず、この名に賭けてあの男を裁き、貴族の地位を廃してみせる。そして、君たち二人に今後一切害が及ばないよう処理してみせよう。……ここからは、王子としての俺の仕事だ」

力強く宣言すると、王子はマントを翻し、颯爽と部屋を後にした。
扉が閉まり、再び二人きりになる。

ヴォルフの顔を見ると、エリアスをバンガルド卿の手から救い出すために対峙した時と同じく、激しい怒りに燃えていた。

全身から発せられるアルファのフェロモンも、強く攻撃的なものに変わっている。
殺気すら感じるその激情をぶつけるべき相手は、今や王宮の地下牢の中だ。

ここから先、あの男を裁くのはヴォルフではなく、貴族院であり、国の法だ。

「ヴォルフ……」

エリアスは、ヴォルフに握られている手ではない方の手で、強張った彼の頬に優しく触れた。

「私も、もう今言ったことは思い出しません。……あの男が私に残せたものは、何もないのです。記憶さえ、残しません。貴方も……今、私がこうして腕の中にいることだけを考えてください」

その言葉に、ヴォルフの瞳が揺らぎ、次の瞬間、エリアスを抱きすくめるように抱きしめた。

「……君は強いな」

ヴォルフの声が震えている。

「私は……君がどんな思いでいたかを想像するだけで、胸が張り裂けそうだ。だが……忘れる。忘れるよ。あんな男に、私たちの未来を翳らせることなんてできない」
「はい」

ヴォルフの腕の中で、エリアスはすり、と頬を寄せた。

「あの男が今後も決して味わえない幸せを、二人で生きましょう。……それが一番の復讐です」

そう言って、ちゅ、とヴォルフの頬にキスを落とした。

すると、張り詰めていた空気がふわりと緩み、ヴォルフが甘えるようにエリアスの首筋に擦り寄ってきた。
大型犬が飼い主にじゃれつくような仕草。
先ほどまでの殺気が嘘のようだ。

(……ふふ、可愛い)

愛する夫の頭を撫でながら、エリアスは心からの安らぎを感じていた。
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