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第3章
鶴の一声
しおりを挟む「チリン――」
張り詰めた最悪の空気を切り裂くように、澄み渡るような涼やかなベルの音が一つ、広間に響き渡った。
その音が聞こえた瞬間、エリアスを取り囲んでざわついていた女性たちは、ハッとしたように口をつぐみ、慌ててそれぞれの席へと座り直した。
まるで、教室に教師が現れた時の生徒のような反応だった。
涙が滲んで視界がぼやけていたエリアスは、慌てて目元を拭い、音がした方へと目を向けた。
そこには、広間の中央に静かに佇む一人の女性の姿があった。
年齢はエリアスと同じくらいだろうか。
周囲の貴族夫人たちよりも明らかに質が良く、洗練されたデザインのドレスに身を包み、その立ち姿だけで育ちの良さと威厳を感じさせる。
以前参加した茶会の男爵夫人が一回りほど年上だったため、まさかこんなに若い女性が、これほど大きな茶会を取り仕切っているのかと、エリアスは驚きを隠せなかった。
彼女――この屋敷の女主人は、扇子を閉じてゆっくりと歩み寄ると、凛としたよく通る声で告げた。
「……まだお茶会は始まってもいませんのに、何の騒ぎでしょう」
その視線は、鋭く冷ややかに、先ほどまでエリアスを問い詰めていたあの女性へと向けられた。
「特に貴女。わたくしの茶会に招かれた以上、もう少し優雅にお話しなさった方がよくてよ?」
「っ……も、申し訳ございません……」
女主人の静かなる圧力に、あれほど勢いのあった女性は蛇に睨まれた蛙のように萎縮し、小さくなってしまった。
場を支配していた悪意ある空気が霧散したのを見届けると、女主人はふわりと優雅な笑みを浮かべ、控えていた使用人たちに合図を送った。
「さあ、皆様。最高級の茶葉と、わたくし自慢のパティシエが腕を振るったお菓子を用意させましたわ。どうぞ、心ゆくまで楽しんで」
その言葉と共に、美しい茶器が次々とテーブルに並べられ、芳醇な紅茶の香りが広間を満たしていく。
正式に茶会が始まり、ピリついていた空気は嘘のように和らいだものへと変わっていった。
歓談が始まると、女主人は各テーブルを回って挨拶を始めたが、真っ先にエリアスのいるテーブルへと足を運んでくれた。
エリアスが緊張して身を固くすると、彼女はエリアスには微笑みかけ、そして同席している女性たちに向けて釘を刺すように言った。
「皆様。根拠のない噂話ばかりで盛り上がるのは、貴族の妻としてあまり感心しませんわね」
「は、はい……」
「せっかくこうして集まったのですから、わたくしの茶会ではもっと『有益』なお話をしてくださいな。……よろしいですね?」
「も、もちろんですわ!」
女主人は満足げに頷くと、優雅にドレスの裾を翻し、次のテーブルへと去っていった。
その颯爽とした後ろ姿に、エリアスは心の中で深く感謝した。
「……申し訳ありませんでした、ハルトマン卿」
「わたくしたち、少し噂に踊らされすぎていましたわ」
女主人の「鶴の一声」は効果てきめんで、反省した様子の女性たちは、バツが悪そうにエリアスに謝罪してきた。
「いえ……お気になさらないでください」
エリアスがほっとして胸を撫で下ろすと、女性たちは気を取り直したように話題を変えた。
「そういえば、最近の小麦の価格変動についてはご存知?」
「ええ、東部の凶作の影響が出ているとか……」
始まったのは、ゴシップではなく最近の事業や経済状況についての話だった。
それこそが、エリアスがヴォルフのために学びたいと思っていた内容だ。
「その件でしたら、私も少し調べたのですが……」
エリアスはおずおずと、しかし確かな知識を持ってその会話の中に入っていった。
ヴォルフの役に立てるかもしれない。その喜びが、先ほどまでの恐怖を少しずつ塗り替えていった。
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