124 / 251
第3章
ロマンスの味方
しおりを挟む女主人の介入によって劇的に空気が変わった後のテーブルは、驚くほど建設的な場となった。
「では、ハルトマン卿は流通ルートの確保について、そのようにお考えなのですね」
「……はい。一時的な利益よりも、長期的な信用のほうが……結果的にコストを抑えられると思いますので」
エリアスは会話のテンポが速い方ではない。
けれど、ヴォルフの仕事を見て学び、シュミットと共に勉強した知識は確かだった。
一つ一つ言葉を選びながら丁寧に話すエリアスの意見に、周囲の貴族夫人たちは興味深そうに耳を傾け、時には感心したように頷いてくれた。
有益な情報交換ができ、エリアスは確かな手応えを感じていた。
やがて、茶会は和やかな雰囲気のままお開きとなった。
最初にエリアスへ噛みついてきたあの女性は、挨拶もそこそこに、逃げるようにそそくさと退室していった。
その背中を見送りながら、エリアスはふとあることに思い当たった。
(……もしかしたら、あの方はバンガルド卿の関係者なのかもしれない)
親族ではないにしても、事業や派閥で繋がりがあった家なのだろう。
強大な権力と財力を持っていたバンガルド卿が逮捕され、没落寸前になっている今、その余波を受けて損害を被っている貴族は多いはずだ。
その苛立ちの矛先が、「元凶」であるエリアスに向けられたとしても不思議ではない。
そう考えると、改めて背筋が凍る思いがした。
もし、ヴォルフが正式な「決闘」という手順を踏まず、怒りに任せてバンガルド卿の屋敷に攻め込んでいたらどうなっていただろうか。
私兵による襲撃などという形を取っていれば、それこそバンガルド卿の思う壺だったはずだ。
強大な権力を盾に「ハルトマン家による不当な暴力」としてヴォルフを罪に問い、その賠償として、あるいは口封じとして、エリアスを堂々と自分のものにしていたかもしれない。
あの屋敷で、薬によって思考も身体の自由も奪われ、ただ弄ばれるだけだった絶望的な時間。
あの日々が永遠に続いていたかもしれないという想像に、エリアスの顔からサァッと血の気が引いた。
ヴォルフの冷静な判断と、圧倒的な強さに、自分は救われたのだ。
「……ハルトマン卿?」
ふいに声をかけられ、エリアスは我に返った。
顔を上げると、そこにはこの屋敷の女主人――主催者の夫人が優雅な笑みを浮かべて立っていた。
「あ……先ほどは、本当にありがとうございました」
エリアスが慌てて礼を言うと、彼女はふわりと扇子を揺らした。
「いいえ。わたくし、ナンキンス家の者として、自分の茶会で品のない振る舞いは許せませんから」
近くで見れば見るほど、彼女は凛としていて美しい。
年齢はエリアスとそう変わらないはずなのに、その纏う空気は堂々としている。
「それに……わたくしは、尾鰭がついた悪質な噂話よりも、美しいロマンスの方が好きなだけですわ」
彼女は悪戯っぽく片目を閉じてみせた。
それはつまり、ヴォルフが全てを懸けてエリアスを救い出した事実を、「愛の物語」として好意的に受け入れているということだ。
その言葉が、何よりも嬉しかった。
ヴォルフの行動を肯定してくれた彼女に対し、エリアスは深く頭を下げた。
「……救われます。またぜひ、参加させてください」
「ええ、もちろん。次はぜひ時間をかけて、ハルトマン卿との愛のお話をたっぷりと伺いたいですわ」
ナンキンス夫人は冗談めかして笑い、エリアスの手を軽く握って見送ってくれた。
最悪な始まりだったが、同年代の聡明で優雅な夫人と知り合えたこと、そして貴族社会の情報を得られたことは、エリアスにとって大きな収穫だった。
屋敷を出て馬車に戻ると、中で待機していたアンナが飛びつくような勢いで迎えてくれた。
「お、奥様!大丈夫でしたか!?何か意地悪をされたり、怖い目にあったりなさいませんでしたか!?」
アンナはエリアスの顔を覗き込み、身体中を点検するように視線を走らせる。
エリアスは、序盤の針の筵のような状況や、心ない言葉を浴びせられたことは胸の内にしまい込み、努めて明るい笑顔を見せた。
「ふふ、落ち着いてアンナ。大丈夫だよ、何も問題なかった」
「ほ、本当ですか……?」
「うん。主催者のナンキンス夫人とも親しくなれたし、有益な話もできた。……来てよかったよ」
それは嘘ではなかった。結果だけを見れば、大成功と言っていい。
エリアスの言葉に、アンナはようやく張り詰めていた糸が切れたように、深く安堵の息を吐き出した。
「あぁ、よかった……!本当に、ご無事で何よりです」
馬車がハルトマン邸へと走り出す中、エリアスは窓の外を流れる景色を見つめながら、今日の小さな冒険の成功を噛み締めていた。
ヴォルフに心配をかけずに済んだ。それが何よりの成果だと思いながら。
40
あなたにおすすめの小説
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
今からレンタルアルファシステムを利用します
夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。
◆完結済みです。ありがとうございました。
◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる