銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第3章

ロマンスの味方

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女主人の介入によって劇的に空気が変わった後のテーブルは、驚くほど建設的な場となった。

「では、ハルトマン卿は流通ルートの確保について、そのようにお考えなのですね」
「……はい。一時的な利益よりも、長期的な信用のほうが……結果的にコストを抑えられると思いますので」

エリアスは会話のテンポが速い方ではない。
けれど、ヴォルフの仕事を見て学び、シュミットと共に勉強した知識は確かだった。

一つ一つ言葉を選びながら丁寧に話すエリアスの意見に、周囲の貴族夫人たちは興味深そうに耳を傾け、時には感心したように頷いてくれた。
有益な情報交換ができ、エリアスは確かな手応えを感じていた。

やがて、茶会は和やかな雰囲気のままお開きとなった。
最初にエリアスへ噛みついてきたあの女性は、挨拶もそこそこに、逃げるようにそそくさと退室していった。
その背中を見送りながら、エリアスはふとあることに思い当たった。

(……もしかしたら、あの方はバンガルド卿の関係者なのかもしれない)

親族ではないにしても、事業や派閥で繋がりがあった家なのだろう。
強大な権力と財力を持っていたバンガルド卿が逮捕され、没落寸前になっている今、その余波を受けて損害を被っている貴族は多いはずだ。
その苛立ちの矛先が、「元凶」であるエリアスに向けられたとしても不思議ではない。

そう考えると、改めて背筋が凍る思いがした。
もし、ヴォルフが正式な「決闘」という手順を踏まず、怒りに任せてバンガルド卿の屋敷に攻め込んでいたらどうなっていただろうか。
私兵による襲撃などという形を取っていれば、それこそバンガルド卿の思う壺だったはずだ。

強大な権力を盾に「ハルトマン家による不当な暴力」としてヴォルフを罪に問い、その賠償として、あるいは口封じとして、エリアスを堂々と自分のものにしていたかもしれない。

あの屋敷で、薬によって思考も身体の自由も奪われ、ただ弄ばれるだけだった絶望的な時間。
あの日々が永遠に続いていたかもしれないという想像に、エリアスの顔からサァッと血の気が引いた。
ヴォルフの冷静な判断と、圧倒的な強さに、自分は救われたのだ。

「……ハルトマン卿?」

ふいに声をかけられ、エリアスは我に返った。
顔を上げると、そこにはこの屋敷の女主人――主催者の夫人が優雅な笑みを浮かべて立っていた。

「あ……先ほどは、本当にありがとうございました」

エリアスが慌てて礼を言うと、彼女はふわりと扇子を揺らした。

「いいえ。わたくし、ナンキンス家の者として、自分の茶会で品のない振る舞いは許せませんから」

近くで見れば見るほど、彼女は凛としていて美しい。
年齢はエリアスとそう変わらないはずなのに、その纏う空気は堂々としている。

「それに……わたくしは、尾鰭がついた悪質な噂話よりも、美しいロマンスの方が好きなだけですわ」

彼女は悪戯っぽく片目を閉じてみせた。
それはつまり、ヴォルフが全てを懸けてエリアスを救い出した事実を、「愛の物語」として好意的に受け入れているということだ。

その言葉が、何よりも嬉しかった。
ヴォルフの行動を肯定してくれた彼女に対し、エリアスは深く頭を下げた。

「……救われます。またぜひ、参加させてください」
「ええ、もちろん。次はぜひ時間をかけて、ハルトマン卿との愛のお話をたっぷりと伺いたいですわ」

ナンキンス夫人は冗談めかして笑い、エリアスの手を軽く握って見送ってくれた。
最悪な始まりだったが、同年代の聡明で優雅な夫人と知り合えたこと、そして貴族社会の情報を得られたことは、エリアスにとって大きな収穫だった。

屋敷を出て馬車に戻ると、中で待機していたアンナが飛びつくような勢いで迎えてくれた。

「お、奥様!大丈夫でしたか!?何か意地悪をされたり、怖い目にあったりなさいませんでしたか!?」

アンナはエリアスの顔を覗き込み、身体中を点検するように視線を走らせる。
エリアスは、序盤の針の筵のような状況や、心ない言葉を浴びせられたことは胸の内にしまい込み、努めて明るい笑顔を見せた。

「ふふ、落ち着いてアンナ。大丈夫だよ、何も問題なかった」
「ほ、本当ですか……?」
「うん。主催者のナンキンス夫人とも親しくなれたし、有益な話もできた。……来てよかったよ」

それは嘘ではなかった。結果だけを見れば、大成功と言っていい。
エリアスの言葉に、アンナはようやく張り詰めていた糸が切れたように、深く安堵の息を吐き出した。

「あぁ、よかった……!本当に、ご無事で何よりです」

馬車がハルトマン邸へと走り出す中、エリアスは窓の外を流れる景色を見つめながら、今日の小さな冒険の成功を噛み締めていた。

ヴォルフに心配をかけずに済んだ。それが何よりの成果だと思いながら。
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