銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第3章

すべてお見通し

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屋敷に戻り、一人で夕食を済ませたエリアスは、アンナの手によって湯浴みをさせてもらっていた。

「奥様、今日はお久しぶりの外出でお疲れでしょうから」

アンナはそう言って、いつもよりも丁寧に、時間をかけて手足をマッサージしてくれた。
温かい湯と、アンナの優しい手が、緊張で凝り固まっていた身体をほぐしていく。
心身ともにリラックスしたエリアスは、柔らかなバスローブを羽織ると、ヴォルフの待つ主寝室へと向かった。

広々としたベッドに潜り込もうとした、まさにその時だった。
ガチャリ、と扉が開き、ヴォルフが帰宅した。

「ヴォルフ!」

エリアスはベッドから飛び起きると、駆け寄ってその身体に抱きついた。
まだ外から帰ってきたばかりで、外気で冷えた外套を纏ったままのヴォルフに対し、エリアスは湯上がりでほかほかと温かいバスローブ姿だ。

「……ただいま、エリアス」

ヴォルフは嬉しそうに目を細めると、エリアスをしっかりと抱き留めた。
そして、そのまま軽々とエリアスを抱き上げると、ベッドではなく部屋の奥にあるソファへと向かった。
ドサリと座り、自分の膝の上にエリアスを横抱きにして収める。

「会いたかったよ」
「ん……私もです」

ヴォルフの顔が近づき、久しぶりの濃厚なキスが落とされた。
ソファの背もたれに押し倒されるような体勢のまま、唇が塞がれる。

「んっ、ぁ……ふ、ぅ……っ」

啄むような軽いものではなく、互いの唾液を飲み合うような、激しく深い口づけ。
エリアスの思考は一瞬にして甘い熱に溶かされ、とろとろになってヴォルフの首に腕を回した。

しばらくの間、貪るようにキスを交わした後、ヴォルフはようやく唇を離した。
銀糸が引くのを見つめながら、ヴォルフは整った眉を少しだけ寄せ、低く囁いた。

「……エリアス、聞いたぞ。私に何も言わずに、今日茶会に行ったそうだな」
「っ……」

とろんとしていたエリアスの身体が強張った。

「あ、あの……心配させたくなかったんです。貴方はお仕事で忙しいから……。でも、何事もありませんでしたから、大丈夫です」

エリアスは必死に取り繕ったが、ヴォルフの蒼い瞳はすべてを見透かしていた。

「アンナは騙せても、私は騙されないよ」

ヴォルフの声には、静かな、けれど確かな怒りが滲んでいた。それはエリアスに向けられたものではなく、エリアスを取り巻く悪意に対するものだ。

「今、巷でどんな噂が流れているか、私は知っている。その場にいた者たちが君に何を言ったか、容易に想像がつく」
「……」

やはり、ヴォルフには敵わない。
エリアスは観念して、ヴォルフの首筋に顔を埋め、甘えるようにその背中に腕を回した。

「……私は、何を言われても構いません。慣れていますから」
「エリアス」
「でも……ヴォルフが悪く言われて……事実ではないことで貴方が侮辱された時は、悔しくて、泣きそうでした」

エリアスが消え入りそうな声で本音を吐露すると、ヴォルフの纏っていた怒りの気配がふっと緩んだ。

「……そうか」

ヴォルフはエリアスの顎を持ち上げ、今度は慈しむように優しくキスをした。

「君が私のために怒ってくれたことは嬉しい。だが……バンガルド卿の裁判が終わり、噂が収束するまでは、不特定多数の人間がいる茶会にはあまり行かないでくれ」

ヴォルフはエリアスの頬を親指で撫でながら、真剣な眼差しで告げた。

「君が少しでも傷つくことは、私が許せないんだ。夜会への参加も、しばらくは無しにしよう。……いいね?」
「……はい」

エリアスは大人しく頷いた。
自分の浅はかな行動が、結果としてヴォルフに心配をかけ、心を痛めさせてしまったことを反省した。

「でも……収穫もありました」

エリアスは少しだけ顔を上げ、ヴォルフを見つめた。

「有益なお話もできましたし、今度の主催者の方が、とても良い方だったんです。窮地を助けていただいて……本当に感謝しています」

あの凛とした女主人の顔を思い出しながらそう言うと、ヴォルフは納得したように頷いた。

「ナンキンス夫人だな」
「えっ、知っていらっしゃるんですか?」
「ああ。彼女は賢く、話の分かる女性だ」

ヴォルフは安心したようにエリアスの頭を撫でた。

「以前の男爵夫人の時と同じように、彼女にも私から礼を贈っておくよ。私の大切な妻を守ってくれたのだからね」

ヴォルフのその言葉に、エリアスは「ふふ」と嬉しそうに笑い、再びその温かい胸に頬を寄せた。
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