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第3章
2度目の誓い
しおりを挟む書店を後にした馬車は、市街地を抜けて郊外へと走り出した。
やがて、木々の隙間からきらきらと光る水面が見え始め、馬車は静かに停止した。
「ここは……」
ヴォルフにエスコートされて降り立った場所は、静寂に包まれた美しい湖だった。
エリアスにとっては忘れられない場所だ。
まだヴォルフに心を閉ざし、自分がここにいる意味を見出せずにいた頃、初めてヴォルフが二人きりで外に連れ出してくれた場所。
あの時、陽光を受けて輝く湖面を見て、思わず「あなたの銀髪のように綺麗だ」と感じ、初めて素直に「綺麗ですね」「連れてきてくださってありがとうございます」と、ヴォルフの目を真っ直ぐに見て伝えることができたのだ。
あの瞬間から、凍りついていた二人の時間が動き出した気がする。
行きたい、と言って行けていなかったからすごく久しぶりだ。
(懐かしいな……)
あの頃とは違い、今は繋いだ手から伝わる体温が何よりも温かい。
ヴォルフは湖畔まで歩くと、立ち止まり、懐かしそうに湖面を見つめるエリアスの頬にそっと手を添えた。
「エリアス」
「はい……?」
呼ばれて振り返ると、ヴォルフはエリアスの左手を取り、そのままゆっくりとその場に跪いた。
「っ!?」
土の上に膝をつき、貴族の当主であるヴォルフがエリアスを見上げている。
まるで騎士が主人に忠誠を誓うかのような姿勢に、エリアスは動揺した。
「ヴォルフ、服が汚れてしまいます……!」
「そんなことはどうでもいい。……聞いてくれ」
ヴォルフの蒼い瞳は、湖面よりも深く、真剣な光を湛えていた。
逃げ場のないその瞳に見据えられ、エリアスは息を呑む。
「エリアス。……改めて、君を未来永劫、私の夫として愛し、守り抜くと誓う」
ヴォルフの低く響く声が、風に乗ってエリアスの心に染み渡る。
「君はもう私の妻であり、番だが……最初は君が望んだ結婚ではなかっただろう?家の事情で、契約として結ばれた縁だった」
「……」
「だから……今、改めて君自身の意思で、その答えが欲しいんだ」
ヴォルフはエリアスの手を強く握り締め、乞うように告げた。
「私と……結婚して欲しい」
その言葉を聞いた瞬間、エリアスの瞳から涙が溢れ出した。
政略結婚において、「結婚の承諾」など当人たちの意思で行われるものではない。
ましてやエリアスは、金銭の援助と引き換えにハルトマン家へ「売られて」きた身だ。
そこに選択権など存在しなかった。
けれど今、ヴォルフはすでに法的に妻となっているエリアスに対し、一人の人間として、改めて「結婚してくれますか」と問いかけてくれている。
契約や義務ではなく、エリアスの心からの承諾を求めてくれているのだ。
「う、ぅ……っ」
嬉しくて、愛おしくて、涙が止まらない。
エリアスはぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、何度も頷いた。
「はい……っ、はい……!」
「エリアス……」
「私は、貴方のものです……。未来永劫、変わりません。……愛しています、ヴォルフ」
震える声でそう答えると、ヴォルフの瞳も潤んだように揺れた。
彼は愛おしそうに目を細めると、握っていたエリアスの手の甲に、敬愛を込めた恭しいキスを落とした。
そして立ち上がると、泣きじゃくるエリアスを力強く抱きしめた。
「ありがとう……愛しているよ」
「うぅ、ヴォルフ……っ」
「結婚式は、君の望み通りの形にしよう。……とても楽しみだ」
耳元で囁かれた言葉に、エリアスもヴォルフの背中に手を回し、しがみつくように抱きしめ返した。
「はい……っ、とても、楽しみです……」
泣きすぎて声が掠れ、そう返すのが精一杯だった。
ヴォルフはそんなエリアスをあやすように、背中をポンポンと叩き、その柔らかな髪をいつまでも優しく撫で続けてくれた。
穏やかな湖畔の風が、堅く結ばれた二人を祝福するように包み込んでいた。
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