銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第3章

国家の膿

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湖での誓いを経て、二人の絆はより一層強固なものとなった。
穏やかな幸福感に包まれながら、馬車に揺られて屋敷へと戻る。
しかし、到着したハルトマン邸は、いつもとは違う慌ただしい空気に包まれていた。

「おかえりなさいませ!」

馬車が止まるや否や、いつもは冷静沈着な執事長のシュミットが、珍しく早足で駆け寄ってきた。
「シュミット?どうした、そんなに慌てて」
「旦那様、エリアス様。……殿下が、第一王子様がお見えです」
「アルシードが?」

ヴォルフは怪訝そうに眉を寄せた。

「何の便りもなくいきなりか?珍しいな」

ヴォルフとエリアスが急いで応接間へ向かうと、そこにはアルシード第一王子が、我が物顔でソファに腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいた。

「やあ。お前たちのデートを邪魔するつもりはなかったんだが、どうしても早く伝えたいことがあってな。急ぎ来させてもらった」

アルシードは悪びれる様子もなく、いつも通りの気さくな振る舞いで片手を挙げた。
ヴォルフとエリアスが並んで向かいのソファに座ると、アルシードは「まずはこれだ」と言って、一通の分厚い書面をテーブルの上に滑らせた。
表紙には『バンガルド家調査報告書』と記されている。

「バンガルド卿を裁くにあたって、裏まで徹底的に調査させた。その結果……あの男は貴族の皮を被った外道だということが露見したよ」

アルシードの声色が、氷のように冷たくなる。

「違法な賭博に始まり、奴隷の売買、オメガなどの人身売買、薬物売買……余罪はいくらでもある。王宮の地下牢で一生を終えても償いきれないほどの罪だ」

その内容に、エリアスは息を呑み、思わず口元を押さえた。
自分があの屋敷で薬を使われたのも、そういった闇のルートを持っていたからなのだと合点がいく。

「だが、問題はそれだけではない」

アルシードは鋭い瞳で二人を見据えた。

「バンガルド卿からの『甘い汁』を吸っていた貴族の家が、山ほどいることも判明したんだ。……まさに、この国の膿だな」

その言葉を聞いた瞬間、エリアスの脳裏に、先日の茶会で突っかかってきたあの女性の顔が浮かんだ。
彼女が去った後、バンガルド家の没落で損害を被った関係者ではないかと推測したが、やはりそうだったのだ。

「今、国中に流れているお前たちへの悪質な噂……『ハルトマン家が妻を売った』だのというデマは、そういった連中が意図的に広めているものだ」
「意図的に、ですか」
「ああ。決闘の事実は覆せないが、被害者であるハルトマン家を貶めることで相対的にバンガルド卿の罪を軽く見せようとしたり、捜査の撹乱を狙っているに違いない。バンガルド卿本人は厳重に監視下に置いているが、その手足とも言える部下の貴族たちが画策しているんだろう」

アルシードは忌々しそうに吐き捨てた後、居住まいを正した。

「そこでだ。俺と父上――国王陛下で協議し、まずハルトマン家の爵位を上げることにした」
「爵位を?」
「ああ。ハルトマン家は最近、経済面でも多大な功績を上げている。それに文句を言う奴はいないだろう。地位が上がり、それが『王家の認めた結果』だと広まれば、下世話な噂への強力な抑止力になるはずだ」

爵位が上がるということは、それだけ権力と発言力が増すということだ。
それは、ヴォルフとエリアスを守るための最強の盾となる。
ヴォルフは友人でもあるアルシードの配慮に、深く頷いた。

「……ありがたい話だ。謹んでお受けするよ」
「うむ。頼んだぞ」

ヴォルフはエリアスの手を握りながら、力強く宣言した。

「この国に、そして王家に、今以上に尽くすと誓おう」

アルシードはその返事に満足そうに頷いたが、最後に忠告を付け加えることを忘れなかった。

「ただし、警戒は怠るなよ。バンガルド卿と繋がりがある家は、末端になればなるほど、お前たちに恨みを抱いている可能性がある」
「恨み、ですか」
「ああ。近しい家はある程度の地位があるだろうが、末端の家はバンガルド家からの不正な支援で成り立っていたような連中だ。それがなくなれば困窮する。当然、国への援助など求められない汚い金だ。……逆恨みによる凶行に走る可能性はゼロではない」

アルシードは真剣な眼差しでヴォルフを見た。

「そういった輩の手がお前たちに伸びないよう、俺も裏で手を回すが……お前も気をつけろよ」
「ああ、分かっている」

ヴォルフは頷き、守るようにエリアスの肩を抱き寄せた。

「一週間後、王宮にて叙任式を行う。詳細はまた改めて書面で通達する」

要件を伝え終えると、アルシードは立ち上がり、待たせていた王宮の立派な馬車へと乗り込んで去っていった。
遠ざかる馬車を見送りながら、ヴォルフはエリアスの肩を抱く手に力を込めた。

「……君に危険が及ぶことのないよう、私が必ず守るからね」

その言葉に、エリアスは静かに頷いた。
けれど、心の中では別のことを祈っていた。

(私が傷ついたとしても……どうか、矢面に立つヴォルフこそ、傷つくことがありませんように)

ヴォルフの腕の中で、エリアスはそっと目を閉じ、神に祈りを捧げた。
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