銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第3章

飾る悦び

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湖でのプロポーズから息つく暇もなく、屋敷は一週間後に迫った叙任式への準備で一気に慌ただしくなった。
結婚式のやり直しについてはヴォルフとゆっくり計画することになったが、王宮で行われる叙任式は国を挙げた公式行事であり、待ったなしだ。

何よりも重要視されたのは、当日の衣装だった。
爵位が上がるということは、身につける礼服の格も上がるということだ。恥ずかしくない、最高級のものをあつらえる必要がある。

屋敷には王都でも指折りの仕立て屋が呼ばれ、二人の採寸と衣装合わせが行われた。
本来であれば、それぞれ別の部屋で、あるいは同時に進めることができる作業だ。
しかし、ヴォルフは「エリアスの衣装は全て私が選ぶ」と言って聞かず、結局ヴォルフの採寸を先に済ませ、その後、ヴォルフ立会いのもとでエリアスの衣装合わせを行うことになった。

「……ベースは白だ。金糸をふんだんに使い、格調高く仕上げてくれ」

ヴォルフの指示により、二人の衣装は叙任式に相応しい、白地に金糸の刺繍が施された美しいデザインに決まった。
揃いの布と糸を使いながらも、ヴォルフのものは肩幅を強調し威厳を持たせ、エリアスのものは細身のラインを活かした繊細で優美なデザインにするなど、それぞれの体格や雰囲気に合わせて細かく調整されていく。

「ここのラインはもう少し絞ってくれ。……ああ、首元はこれ以上開けないように。レースを使って上品に隠すんだ」

ヴォルフは布の見本を手に取り、襟の形から袖口のボタン一つに至るまで、細かく指示を出し続けた。
エリアスはこの「着せ替え人形」のような状況にすっかり慣れてしまっていたが、仕立て屋の方は目を丸くしていた。

貴族の当主といえば、大抵は「適当に良いものを」「流行りのものを」と一任し、金だけ渡して後は無関心というケースがほとんどだ。
妻の衣装に対してここまでこだわり、熱心に口を出すヴォルフの姿は、職人の目にはさぞ珍しく、また愛妻家として映ったことだろう。

「……ふふっ」

控えていたアンナが、そっとエリアスに耳打ちした。

「奥様、これほど愛されている証拠はありませんね」
「あ、アンナ……」

アンナの言葉に、エリアスは耳まで真っ赤になって俯くしかなかった。

そして四日後、仕立て屋から完成した衣装が届けられた。
純白の布地に金の刺繍が輝くその衣装に合わせて、ヴォルフが別途用意させていた髪飾りもアンナの手によって運ばれてきた。

「わあ……綺麗だ」

それは衣装と同じく金を基調とした、植物をモチーフにした繊細な細工の髪飾りだった。
試しにアンナがエリアスの耳横に付けてみると、エリアスの艶やかな黒髪に黄金色がよく映え、神聖な美しさを放った。

その日の夕食時。
完成した衣装と装飾品の出来栄えに満足したヴォルフは、ワイングラスを傾けながら、上機嫌でエリアスに告げた。

「君の身につけるものを決めるのは、本当に楽しいよ」

ヴォルフはうっとりとした瞳でエリアスを見つめた。

「君という素材が美しいから、飾り甲斐があるんだ」

まるで至高の芸術品を愛でるような言葉。
以前なら「自分なんて」と卑下していたかもしれないが、今はその愛を素直に受け取ることができる。
エリアスはカトラリーを置き、ふにゃりと柔らかく微笑んだ。

「……ヴォルフに決めていただいたものを身につけることは、私にとっても幸せなことです。いつも素敵にしてくださって、ありがとうございます」

心からの感謝と幸福が滲み出た、無防備な笑顔。
それを見た瞬間、ヴォルフは真顔になり、ふい、と視線を逸らして苦笑した。

「……エリアス」
「はい?」
「二人きりじゃないのに、あまり可愛い顔をしないでくれ。……理性が持たない」
「えっ……」

控えている使用人たちの前でさらりと言われた惚気文句に、エリアスは再び顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
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