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第3章
矛盾する独占欲
しおりを挟む朝、窓から差し込む光で目を覚ましたエリアスは、昨夜の記憶を手繰り寄せようとして、すぐに眉間を押さえた。
湯殿でのことは覚えている。
だが、そのあと部屋に連れ帰られ、拘束具を着けられてからの記憶が、断片的にしか繋がらない。
思い出せる範囲でも、あまりに激しく、そして常軌を逸した快楽に翻弄されたことだけは確かで、エリアスは本能的に「これ以上詳しく思い出してはいけない」と悟り、思考を停止させた。
エリアスが一人で百面相をしていると、抱きしめてくれていた腕が動き、ヴォルフが目を覚ました。
「……おはよう、エリアス」
「おはようございます、ヴォルフ」
「昨夜の君も可愛かったよ。……最高だった」
ヴォルフは甘く低い声で囁き、愛おしそうにキスをしてくる。
何が、どう「最高」だったのか。
エリアスは賢明な判断として、その詳細を聞かないことにした。
そこからは慌ただしい時間の始まりだ。
今日は、国を挙げた重要な行事、叙任式の当日である。
軽い朝食を済ませると、二人はそれぞれの支度に取り掛かった。
エリアスは自分の部屋に戻り、待機していたアンナの手を借りて衣装を身に纏う。
「さあ、奥様。今日は特別な日ですから、気合を入れて参りましょう!」
アンナは手際よく白地に金糸の刺繍が施された衣装を着せ付け、艶やかな黒髪をセットし、ヴォルフが用意した金の髪飾りを耳元に飾る。
そして、仕上げに肌の状態を確認しながら、嬉しそうに呟いた。
「それにしても……まさか旦那様が、奥様のお肌の管理さえもご自身でやられたいと仰るとは」
アンナはクスクスと笑いながら、エリアスの頬に白粉をはたく。
「愛されているとは存じておりましたが、ここまでとは……」
「う……」
エリアスは何も言い返せず、耳まで真っ赤にして大人しくされるがままになるしかなかった。
支度が整い、エリアスは姿見の前に立った。
「……すごい」
鏡の中には、完璧に磨き上げられた姿があった。
純白の生地に輝く金糸の刺繍は、エリアスの黒髪や透き通るような白い肌によく映え、神々しいまでの美しさを放っている。
ヴォルフが細部まで指示したデザインは、エリアスの華奢ながらもしなやかな身体のラインを、より美しく引き立てていた。
深呼吸をして心を落ち着かせると、エリアスはヴォルフの部屋へと向かった。
扉を開けると、ちょうどヴォルフも支度を終えたところだった。
「……!」
エリアスは息を呑んだ。
エリアスとお揃いの、白地に金糸の刺繍が施された礼服。
だがそのデザインは、ヴォルフの厚い胸板や広い肩幅を強調し、圧倒的な威厳と風格を漂わせている。
そして腰には、王に改めて忠誠を誓うための、重厚で厳かな儀礼用の剣が携えられていた。
貴族であっても、普段から剣を帯びる者はいない。
こうした儀式の時だけの正装だが、煌びやかな衣装と剣を纏ったヴォルフの姿は、まるで英雄譚に出てくる伝説の騎士のように雄々しく、美しかった。
エリアスが言葉を失って見惚れていると、ヴォルフが近づいてきて、エリアスの腰をぐっと抱き寄せた。
「……エリアス」
ヴォルフは熱っぽい瞳で、頭のてっぺんから爪先までをじっくりと眺め回し、そして深い溜息をついた。
「君が美しすぎて……このまま誰にも見せないで、部屋に閉じ込めておきたい」
「えっ?」
「自分で衣装を仕立てて、自分で肌まで磨き上げておきながら……おかしい話だ」
ヴォルフは苦々しげに、けれどどうしようもない愛おしさを込めて眉を下げた。
最高に美しくしてやりたいという願望と、誰にも見せたくないという独占欲。その矛盾に、ヴォルフ自身も困っているようだ。
エリアスはふふっと笑い、強張ったヴォルフの腕に身を寄せた。
「心配しすぎですよ、ヴォルフ。今日は貴方が主役なんですから」
エリアスはヴォルフを見上げ、優しく言った。
「誰も私のことなんて見ていませんよ」
しかし、ヴォルフは「いいや」と強く否定した。
「君はあまり公の場に出ないだろう? 『傾国のオメガ』とまで噂される君が、こんな姿で現れたら……」
ヴォルフの瞳が鋭く細められ、まだ会場に到着してもいないのに、見えない敵に向かって威嚇するように唸った。
「ここぞとばかりに、皆が穴が開くくらい君を見るはずだ。……許せない」
「もう、そんなことありませんって」
エリアスは苦笑しながら、その背中をポンポンと叩いてなだめた。
ヴォルフのその激しい嫉妬心さえも、今は愛おしい。
二人は互いの手を取り、運命を変える叙任式の会場――王宮へと向かった。
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