156 / 251
第3章
復讐者への変貌
しおりを挟むヴォルフがエリアスに付ききりで、献身的に尽くす日々が続いていたある日。
王族専用の厳重な警備が敷かれた病室に、アルシード第一王子が久方ぶりに姿を見せた。
「……ヴォルフ。少し、外へいいか」
アルシードはエリアスの眠りを妨げないよう、声を潜めてヴォルフを廊下へと誘い出した。
人目のない、廊下の突き当たりまで移動すると、アルシードは深刻な面持ちで口を開いた。
「例の女の取り調べの結果が出た。……やはり、裏で手を引いていたのはバンガルド卿の可能性が高い」
アルシードは悔しげに舌打ちをする。
「あの女自体は、借金で首が回らなくなっていた末端も末端の貧乏貴族だ。だが、その後に矢を放ったプロの手練れを雇った痕跡を辿ると、上位貴族に近い者の影が見え隠れする」
「……なるほど」
「いくらバンガルド家への忠誠心があるとはいえ、一介の部下が独断で、王の御前で矢を放つなどという大それた真似をするとは考えにくい。失敗すれば一族郎党処刑のリスクがあるからな。……やはり、獄中からの『御大』の指示があったと見るのが妥当だ」
ヴォルフは無表情のまま、その報告を聞いていた。
だが、その瞳の奥には冷たい炎が宿っている。
「……エリアスの容態も、ようやく落ち着いた」
ヴォルフは病室の扉の方を振り返り、低く告げた。
「そばを片時も離れたくはないが……これ以上、あの男を生かしておく理由もない。予定通り、バンガルド卿のいる地下牢へ行こう」
「ああ、分かった。俺が手続きをしておく。準備ができたら合流しよう」
アルシードが先行してその場を離れると、ヴォルフは一度、静かに息を吐き出し、表情を「夫」のものへと戻してから病室へと入った。
ベッドの上では、エリアスが目を覚ましていた。
まだ自力で起き上がることは出来ないが、流動食から固形物も少しずつ胃に入れられるようになり、一時期の幽霊のように透き通っていた顔色には、健康的な赤みと肉付きが戻りつつある。
「ヴォルフ……?」
「ああ、ただいま」
会話も、少しずつ以前のようにスムーズに出来るようになっていた。
ヴォルフはベッドサイドに座り、エリアスの手を握りしめた。
「エリアス。……君のそばを片時も離れたくはないんだが、少しだけ、行くところがあるんだ」
「……」
「すぐに戻るよ。待っていてくれるかい?」
ヴォルフができるだけ穏やかに問いかけると、エリアスはふわりと優しく笑った。
「はい。……お仕事、ですか?」
「まあ、そんなところだ」
「ふふ、分かりました。気をつけて行ってきてくださいね。お帰りをお待ちしてます」
疑うことを知らない清らかな瞳。
ヴォルフはその健気さに胸を締め付けられながら、「ああ」と頷いた。
「ゆっくり眠っていてくれ」
ヴォルフはエリアスの額に、祈るように優しく口づけを落とした。
「行ってくる」
名残惜しさを断ち切るように、ヴォルフは病室を後にした。
パタン、と扉が閉まり、エリアスの姿が見えなくなった瞬間。
ヴォルフの纏う空気が一変した。
慈愛に満ちた夫の仮面は剥がれ落ち、そこにあるのは、血まみれのエリアスを抱きしめて絶叫していた時と同じ――いや、それ以上に冷たく研ぎ澄まされた、狂気を孕んだ目だった。
かつて愛する者を奪われかけた男は、今や完全なる「復讐者」となり、足音を殺して静かに歩き出した。
向かう先は、アルシードが待つ王宮の地下牢。
全ての元凶が待つ、暗い闇の底へ。
41
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる
水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」
人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。
ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。
「俺が、貴方の剣となり盾となる」
国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。
シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。
今からレンタルアルファシステムを利用します
夜鳥すぱり
BL
大学2年の鳴水《なるみ》は、ずっと自分がオメガであることを隠して生きてきた。でも、年々つらくなる発情期にもう一人は耐えられない。恋愛対象は男性だし、男のアルファに会ってみたい。誰でも良いから、定期的に安全に話し相手をしてくれる人が欲しい。でもそんな都合のいい人いなくて、考えあぐねた結果たどり着いた、アプリ、レンタルアルファシステム。安全……だと思う、評価も星5で良いし。うん、じゃ、お問い合わせをしてみるか。なるみは、恐る恐るボタンを押すが───。
◆完結済みです。ありがとうございました。
◆表紙絵を花々緒さんが描いてくださりました。カッコいい雪夜君と、おどおど鳴水くんです。可愛すぎますね!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる