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第3章
純白の世界で
しおりを挟む暗く湿った地下牢から地上へと戻った二人は、王宮の回廊で二手に分かれた。
「俺は全てをまとめて父上――国王陛下に報告しに行く。バンガルド卿の裁判の結論が、一日でも早く出るように進言するためにな」
「ああ、頼む。……恩に着る」
「気にするな。では、後で」
アルシードは足早に玉座の間の方角へと去っていき、ヴォルフは逸る気持ちを抑えながら、愛する人が待つ病棟へと急いだ。
静かに病室の扉を開けると、エリアスはまだ眠っていた。
規則正しい寝息を立てるその寝顔は、とても穏やかだ。
まだ起き上がることは出来ず、ベッドに横たわったままだが、鎮痛剤が効いているのか、苦痛の色は見られない。
ヴォルフはほっと息をつき、ベッドのそばにある椅子を引き寄せて腰を下ろした。
そっとエリアスの頬を撫でる。
一時は死人のように痩せこけ、青白くなっていた頬に、ふっくらとした肉付きと健康的な赤みが戻ってきている。
ただでさえ華奢だったエリアスが、大量の血を失い、数日間は点滴と輸血だけで生命を繋いでいたのだ。
そこからの目覚ましい回復ぶりは、エリアス本人の生きようとする生命力と、そして何より、王宮医師団と看護師たちの手厚い看護のおかげだ。
(……アルシードには、感謝してもしきれないな)
これまで、アルシードが友人であることを利用して便宜を図ってもらったことは一度もなかったが、今回ばかりは王子の友人で良かったと、心の底から神に感謝した。
こうしてエリアスのそばを離れて行動できるのも、ここが警備の行き届いた王族専用の特別病棟だからこそだ。
ヴォルフが愛おしげに寝顔を見つめていると、しばらくして、エリアスの長い睫毛が震えた。
ゆっくりと瞼が持ち上がり、美しいセピア色の瞳がヴォルフを映す。
その光景を見るたび、ヴォルフはあの絶望の淵から彼が目覚めた時の感動を思い出し、目頭が熱くなる。
「……ん、ヴォルフ」
エリアスは寝起きのとろんとした瞳を細め、柔らかく微笑んだ。
「おかえりなさい。……お疲れ様でした」
その言葉には、一点の曇りもない純粋な労りが込められていた。
エリアスは知らない。
つい先ほどまで、自分の夫が地下牢で、自分を傷つけた男の指を剣で切り落とし、冷酷な言葉を浴びせてきたことなど、夢にも思っていないだろう。
(……君は知らなくていい)
その手についた血は、ここへ戻る前に綺麗に洗い流してきた。
エリアスには、こんな薄暗い復讐劇など似合わない。ただ幸せで、平和で、美しいことの中だけで生きていてほしい。
ヴォルフは胸の奥で誓いながら、優しい夫の顔で微笑み返した。
「ただいま、エリアス。……ゆっくり眠れたかい?」
「はい。とてもよく眠れました」
エリアスは頷くと、少し恥ずかしそうに、けれど甘えるような上目遣いでヴォルフを見つめた。
「あの……早く、もっと良くなって……ヴォルフに、ぎゅってしてほしいです……」
「ッ……」
あまりの可愛らしさに、ヴォルフの心臓がぎゅっと締め付けられた。
復讐の余韻など、一瞬で吹き飛んでしまうほどの破壊力だ。
「あぁ……今は安静が一番だからね」
ヴォルフは愛おしさを噛み締めるように、身を乗り出した。
「私も早く、君を強く抱きしめてキスしたいよ。……今はこれで我慢してくれ」
ヴォルフはベッドに覆い被さらないよう慎重に身体を寄せ、動けないエリアスの肩と頭を、今できる限りの優しさでそっと抱きしめた。
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