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第3章
秘密の憂鬱
しおりを挟む特注の衣装の仕立ても無事に終わり、あとは三日後の当日を迎えるだけとなった。
屋敷の中は、主人の結婚式と、その後の食事会の準備で朝から慌ただしい空気に包まれている。
「何か、私にも手伝えることは……」
エリアスが申し訳なくなって声をかけると、アンナやシュミットをはじめとする使用人たちは、慌ててそれを制止した。
「めっ!でございます、エリアス様!」
「奥様は主役なのですから、当日までお身体を万全に整えるのがお仕事です。さあ、お部屋でゆっくりなさっていてください」
皆に優しく背中を押され、エリアスは苦笑しながら寝室へと戻された。
一方のヴォルフは、結婚式の後、数日間は完全にオフを取って二人きりの時間を過ごせるように、今まさに執務室で鬼のような形相で仕事を詰め込んでいる最中だ。
喧騒から離れ、束の間の静寂が訪れた寝室で、エリアスはふと鏡の前に立った。
誰に見られるわけでもない。
エリアスはゆっくりと、着ていたシャツのボタンを外し、上半身を露わにした。
鏡に映るその身体には、もうこれ以上は治らないと思われる傷跡が、残酷なほどくっきりと残っていた。
矢が貫通したことによる、背中と胸の傷。
すでに新しい皮膚が出来始め、赤々と肉が覗いていた痛々しい状態からは回復している。
だが、周囲の滑らかな肌とは明らかに違う質感と色味を持つその痕跡は、これ以上色が薄くなることはあっても、完全に消えることはないという事実を無言で突きつけていた。
(……ヴォルフは、愛してくれると言った)
以前、包帯の交換の際に初めてこの傷を見せた時、「この傷ごと愛してくれるか」と聞いたら、ヴォルフは「傷ごと愛する」と言ってくれた。
それは慰めでも嘘でもなく、ヴォルフの本心だという確信がある。
彼なら、たとえエリアスの身体がどう変わろうとも、変わらぬ愛を注いでくれるだろう。
けれど、ヴォルフがかつて「陶器のようだ」と愛でてくれた、傷一つない綺麗な身体には、もう二度と戻れない。
その現実は、エリアスの心に密かな暗い影を落としていた。
まだ、退院してからヴォルフとはキスしかしていない。
怪我が完治し、再び身体を重ね、この肌に直接触れられる時が来たら。
ヴォルフは改めてこの傷を見て、どんな顔をするだろうか。
きっと、愛おしそうに触れてくれるはずだ。けれど、その瞳の奥には、守りきれなかったという深い「悔恨」の念が見えてしまうだろう。
ヴォルフにそんな顔をさせてしまうことが、エリアスは何よりも辛かった。
「……はぁ」
エリアスはふとため息をつき、逃げるように再びシャツを纏い、ボタンを留めた。
この傷は、ヴォルフを守り抜いた証だ。誇るべき勲章なのだという気持ち。
ヴォルフは傷ごと全てを受け入れ、愛してくれるという安堵。
そして、もう二度と綺麗な状態には戻らないのだという喪失感と、それを見るヴォルフの苦しみを案じる憂鬱。
エリアスは一人、結婚式が楽しみだという高揚感と同時に、そんな複雑な感情を胸に抱えながら、窓の外の空を見上げた。
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