銀色の商人と贋作の妻

真大(mahiro)

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第3章

焦熱の夜

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その日、ヴォルフが屋敷に帰ってきたのは、日付が変わる間際の深夜だった。
エリアスはすでにアンナの手で湯浴みを終え、清潔なナイトウェアに身を包んでベッドに入っていた。
仕事がどれだけ詰まっていても、ヴォルフは帰宅後、自室で着替えるよりも先に、真っ直ぐにエリアスの元へやってくるのが日課だ。

(……寝ているかもしれないな)

そう思ったのか、扉が音もなく静かに開けられる。

「……おかえりなさい、ヴォルフ」

エリアスがベッドの上で身を起こして声をかけると、ヴォルフは少し驚いたように、けれどすぐに安堵の表情を浮かべて駆け寄ってきた。

「起きていたのか。ただいま、エリアス」

外着のまま、真っ直ぐに会いに来てくれたヴォルフ。
エリアスがベッドに座ったまま手を伸ばすと、ヴォルフはその華奢な身体を優しく抱きしめた。
外の冷たい空気と、ヴォルフの温かい体温が混ざり合う。

「ヴォルフ。これを見てください」

エリアスは抱擁を解くと、今日アルシードから受け取った薬瓶を差し出した。

「これは?」
「アルシード殿下がくださったんです。これを塗れば、傷跡も綺麗になるかもしれないと」

エリアスは真剣な眼差しでヴォルフを見つめた。

「そのままでも、貴方は私を愛してくれると確信していますし、この傷は貴方を守った勲章です。……でも、やっぱり、貴方には綺麗な肌に触れてほしいんです」

ヴォルフは少し目を見開き、それから苦笑した。

「……アルシードに、また借りができたな」

ヴォルフは薬瓶を持つエリアスの手を、大きな両手で包み込んだ。

「ああ、エリアス。君が言う通りだ。……だが、もしこの薬で綺麗に治らなかったとしても、私はこの傷ごと、これからの君を愛すると誓うよ」

昨日一人で悩んでいた時に感じていた、ヴォルフが過去を悔やんで苦しむ気配はない。
今のヴォルフからは、これから先の未来を、どんなエリアスであっても共に生きていくという前向きな覚悟が感じられた。それが何よりも嬉しかった。

「……ふふ、はい」

エリアスは微笑むと、着ているナイトウェアのボタンに手をかけた。
一つ、二つとボタンを外し、自ら肩をはだけさせていく。

「薬は……貴方に塗ってほしくて、待ってたんです」

熱っぽい瞳で見上げると、ヴォルフの喉がゴクリと鳴った。
するりと布が滑り落ち、露わになった白く滑らかな肌と、そこに残る痛々しい傷跡。
ヴォルフは一度息を飲み、それから真剣な顔で薬瓶の蓋を開けた。

「……失礼するよ」

指に透明なジェルを取り、まずは胸の傷跡から優しく塗り始める。

「ん……」

ひんやりとした感触と共に、ふわりと花の香りが広がる。
ジェルは込められた魔力のせいか、塗り込むたびにスゥッと肌の奥へと吸い込まれるように消えていく。

「次は、背中を……」

胸を塗り終え、エリアスが背中を向ける。
少しでもヴォルフが塗りやすいようにと、エリアスが首にかかる黒髪を手で持ち上げ、うなじを晒した。
その無防備で艶めかしい白い首筋が、目の前に現れる。

「ッ……」

ヴォルフの理性が軋んだ。
我慢できずに顔を寄せ、その無防備な首筋に唇を這わせ、甘噛みした。

「あっ、んぅ……ヴォルフ……?」

ヴォルフは答えず、かつて刻んだ『愛咬の儀』の噛み跡を舌でなぞり、その上から所有権を主張するように、執拗に吸い付いてキスマークをつけていく。

ちゅ、じゅる、と卑猥な音が耳元で響く。
それと同時に、手では優しく背中の傷にジェルを塗り込まれ、癒やしと支配の相反する刺激に、エリアスは背筋を震わせながら受け入れた。

「……結婚式の衣装を、首まで覆えるデザインにして良かったよ」

ヴォルフが耳元で、低く掠れた声で囁いた。
エリアスには見えないが、自分の首筋には今、ヴォルフによって無数の噛み跡と赤いキスマークが散らされているのだろう。

あと二日で綺麗になる気などしないくらい、たっぷりと。
その独占欲が、たまらなく愛おしくて、身体の奥が疼く。

「……ヴォルフ」
「ん?」
「…………早く回復して、抱いてほしいです。……えっちしたい」

エリアスは羞恥心よりも本能に従い、素直な欲求を口にした。
その言葉を聞いた瞬間、ヴォルフがガブリ、とエリアスの耳を強めに噛んだ。

「ひゃぅッ!」

敏感な場所への刺激に、高い声が出る。
ヴォルフは後ろからエリアスを強く抱き込み、逃げ場を塞いだ。

「……私もだ。今、噛むだけで我慢できているのも奇跡なんだぞ」

耳元で囁かれる声は、熱っぽく、余裕のない雄の響きを孕んでいた。
薬が十分に浸透したのを確認すると、ヴォルフは名残惜しそうにエリアスの肌の感触を指先で楽しんでから、向き直らせ、ナイトウェアを着せ直してくれた。

「……はぁ」

二人とも、限界に近い欲求不満を抱えている。
けれど、互いが同じ気持ちで、同じだけ求めていることが分かるからこそ、このもどかしい時間さえも愛おしく、耐えられると思えた。

「おやすみ、エリアス」
「おやすみなさい、ヴォルフ」

自然と顔を寄せ合い、唇を重ねる。
獣のように貪るキスではなく、互いの存在と体温を確かめ合うような、深く優しい口づけを交わした。
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