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第3章
愛の痕跡
しおりを挟む翌朝、エリアスが目を覚ますと、隣はすでに空だった。
ヴォルフは結婚式後の休暇を確保するため、いつも通り早朝から仕事に出かけたのだ。
「……ん」
エリアスはシーツに顔を埋め、隣に残るヴォルフの温もりと、落ち着く匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
しばらくの間、ベッドの中でゆっくりと丸くなり、愛する人の残り香に包まれる幸福な時間を堪能してから、身体を起こした。
洗面台の前に立ち、着ていたナイトウェアのボタンを外して脱ぎ捨てる。
まずは恐る恐る、胸の傷を確認した。
「……すごい」
エリアスは息を呑んだ。
一晩経っただけなのに、あれほど赤々としていた傷跡が、驚くほど薄くなっていたのだ。
皮膚の再生が進み、周囲の肌と馴染み始めている。
魔力が込められた薬というものの効果が、これほどまでに劇的だとは思わなかった。
「これなら、背中も……」
期待を込めて、鏡で自分の身体を改めて確認しようとした時、エリアスの顔がカッと沸騰したように赤くなった。
「う、わぁ……」
傷跡の確認どころではない。
首筋に、ヴォルフが塗りながら噛み付いてきた痕や、赤いキスマークが、想像以上にたくさん散らばっていたのだ。
昨夜は後ろから抱きしめられてつけられたはずなのに、首の横から前の方まで、どの角度から見ても分かる位置にまで及んでいる。
前から見てこれなのだ。見えない後ろ側が一体どんな惨状になっているのか、想像するだけで恐ろしい。
エリアスは慌てて両手で首を押さえた。
「明日は結婚式なのに……っ」
衣装は首まで覆えるデザインにしたから、式の最中に誰かに見られることはないだろう。
けれど、支度をしてくれるアンナには確実に見られてしまう。
アンナはヴォルフの激しい独占欲や、事後の痕跡を見ることに慣れているとはいえ、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「……うぅ」
ヴォルフの愛の重さを肌に刻み込まれたようで、くすぐったいやら恥ずかしいやらで、エリアスはもやもやと考えながら、急いでナイトウェアから襟付きのシャツへと着替えた。
一番上のボタンまでしっかりと留め、痕跡を隠す。
そろそろアンナが朝食を運んでくる頃かもしれない。
そう思ったのとほぼ同時に、コンコン、とノックの音がしてアンナが入室してきた。
「おはようございます、エリアス様」
「おはよう、アンナ」
エリアスは、ヴォルフが用意してくれた特注の大きな椅子へと移動した。
ふかふかの背もたれに身体を預けると、アンナが座ったままでも食べやすいように、サイドテーブルを近づけて朝食を並べてくれる。
アンナは手際よく湯気の立つ紅茶を淹れながら、明るい声で言った。
「この後は、明日の結婚式の準備で屋敷中バタバタ致しますが……エリアス様は、明日に備えてゆっくりなさっていてくださいね」
「うん、分かった」
いよいよ明日だ。
エリアスは温かい紅茶を一口飲み、ふわりと微笑んだ。
「……楽しみだね」
その言葉に、アンナも満面の笑みで、強く、深く頷いた。
「はいっ!こうして屋敷の中で、私たち使用人と一緒に食事会を開いてくださるなんて……」
アンナは感極まったように目を潤ませた。
「お二人は、最高の主人です。本当に、ありがとうございます」
「ふふ、こちらこそ。明日はよろしくね」
エリアスもまた、家族のように温かい使用人たちに囲まれて明日を迎えられる幸せを噛み締めていた。
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