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第3章
結婚式前夜の仕上げ
しおりを挟む日中は、アンナに言いつけられた通り、部屋でおとなしく過ごした。
扉の向こうからは、使用人たちが明日の準備のために走り回る足音や、家具を動かす音、楽しげな話し声などが微かに聞こえてくる。
屋敷中が一日中バタバタと活気づいている気配を感じながら、エリアスは自分ができる唯一の手伝いとして、彼らの邪魔をしないように努めた。
昼食も夕食も、食堂ではなく自分の部屋に運んでもらって済ませた。そうすれば、エリアスの給仕のために使用人の誰かが拘束されることもなく、彼らも少しは楽ができるだろうという配慮からだ。
そうして日が暮れ、夕食も食べ終えて、そろそろ湯浴みの時間だなと考えていた時だった。
ガチャリ、と扉が開き、予想外の人物が姿を現した。
「ただいま、エリアス」
「ヴォルフ!?」
エリアスは驚いて立ち上がった。
式の前日で仕事を詰め込んでいるはずのヴォルフが、こんなに早い時間に帰ってくるとは思っていなかったのだ。
「こんなに早く……お仕事は大丈夫なんですか?」
「ああ。今夜はどうしても早く帰ってきたかったんだ。……明日は、結婚式だからね」
ヴォルフは仕事の疲れも見せず、愛おしそうに微笑んでエリアスを抱きしめた。
「会いたかったよ」
「私もです、ヴォルフ」
ヴォルフの夕食も、エリアスと同じように部屋に用意してもらった。
ヴォルフは上着を脱いでリラックスすると、先に食事を済ませていたエリアスを抱き寄せ、当然のように自分の膝の上に乗せた。
「ヴォルフ、食べにくくないですか?」
「いいや。こうしている方が美味しく感じる」
ヴォルフはそう言って、エリアスを抱きかかえたまま、器用にナイフとフォークを使って食事を進める。
エリアスも、ヴォルフの体温を背中に感じながら、おとなしくその広い膝の上に収まり、夫が食事をする様子を眺めていた。
行儀が悪いかもしれないが、二人きりの空間でこうして密着している時間は、何よりも安心できた。
ヴォルフが食事を終え、一息ついた頃。
「……ちょうど、湯浴みをしに行こうと思っていたんですよ」
エリアスがそう切り出すと、ヴォルフは「ああ」と頷いた。
「そうだと思って、この時間に間に合うように帰ってきたんだ」
「えっ?」
ヴォルフの手が、エリアスのシャツの襟元に伸びる。
ボタンを一つ外し、襟を緩めると、そこには昨夜ヴォルフがたっぷりと付けた噛み痕やキスマークが、まだ赤々と残っていた。
今朝、鏡で見てエリアスが真っ赤になったその痕跡に、ヴォルフは愛おしそうに指先で触れた。
「……少しでも、君の肌に触れていたくてね」
ヴォルフは痕を確かめるように、その上からチュッと音を立ててキスをした。
「私が、今夜は洗ってあげるよ。明日のために、君を完璧に仕上げたいんだ」
その言葉で、エリアスは思い出した。
あの叙任式の前夜も、こうしてヴォルフが一緒に入浴し、アンナ顔負けの手際で爪の先まで磨き上げてくれたことを。
ヴォルフは、明日の晴れ舞台に向けて、また自分の手でエリアスを清め、美しく整えてあげたいと思ってくれているのだ。
そのために、殺人的な忙しさの中で仕事を切り上げ、飛んで帰ってきてくれた。
「……嬉しい」
エリアスは胸がいっぱいになり、甘えるようにヴォルフの胸板に頭を擦り寄せた。
「ありがとうございます、ヴォルフ……お願いします」
「……ふふ、いい子だ」
ヴォルフはすり寄ってくる愛妻に目を細め、「可愛い」と囁きながら、その頭を優しく撫でた。
明日は結婚式。
その前夜を二人で過ごせる喜びを噛み締めながら、二人は浴室へと向かった。
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