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第3章
2人きりの結婚式
しおりを挟む屋敷を出発する際、玄関前に並んだ使用人たちは、皆一様に気合の入った表情をしていた。
「旦那様、奥様!いってらっしゃいませ!」
「お二人がお帰りになる前に、パーティーの準備は完璧に整えておきますから!どうぞ全て私たちにお任せください!」
シュミットやアンナたちの頼もしい言葉に見送られ、ヴォルフはエリアスを軽々と横抱きにしたまま、迎えの馬車へと歩み寄った。
エリアスは地面に足を着けることすらなく、ヴォルフの腕の中で大切に運ばれ、そのまま馬車へと乗り込んだ。
馬車が動き出すと、ヴォルフは向かいの席ではなく、当然のように隣に座り、エリアスを自身の膝の上に乗せる勢いで抱き寄せた。
「……ヴォルフ、近いです」
「道が悪いからね。揺れたら危ない」
ヴォルフはもっともらしい理由を口にするが、その腕はエリアスを一時も離すつもりはないと言わんばかりに強く回されている。
この結婚式のために、前日まで仕事を詰め込み、さらに式の後も数日間の休暇を取るために奔走していたヴォルフ。
ここ数日、なかなかゆっくりとエリアスとの時間を過ごせなかった反動だろうか。
その不器用な甘え方が愛おしくて、エリアスはふふっと笑い、ヴォルフの胸に頭を預けた。
やがて馬車が停止した。
「着いたよ」
ヴォルフにエスコートされ、再び横抱きにされて降り立つと、目の前には森の中にひっそりと佇む古い教会があった。
ヴォルフが歩き出すたび、エリアスの纏う水色の衣の裾がふわりと風に靡き、散りばめられた宝石が陽光を反射してキラキラと水面のように輝いた。
「綺麗だ……」
ヴォルフが惚れ惚れと呟きながら、重厚な扉を開ける。
教会の中には、誰もいなかった。
参列者はおろか、誓いを見届ける神父さえもいない。
完全な貸切、二人きりの空間だ。
ステンドグラスから差し込む色とりどりの光が、静寂に満ちた礼拝堂を厳かに彩っている。
ヴォルフはエリアスを抱いたまま、祭壇の前までゆっくりと進んでいった。
「……さあ」
神の御前まで来ると、ヴォルフは「立てるか?」と優しく確認しながら、慎重にエリアスを自身の足で立たせた。
二人は向かい合い、互いの瞳の色をした宝石が光る結婚指輪をした左手同士を、しっかりと繋ぎ合わせた。
ヴォルフはエリアスの瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに言葉を紡いだ。
「エリアス。……この先も、君と未来永劫、明るい未来を歩きたい」
その声は深く、真摯な響きを帯びていた。
「これからも君を愛し……そして、必ず守り抜くと誓う」
そう言ったヴォルフの表情が、一瞬だけ切なく歪んだ。
湖で同じ誓いをしたにも関わらず、その直後の叙任式でエリアスを傷つけてしまった記憶が、棘のように心を刺したのだろう。
その悔恨を感じ取ったエリアスは、繋いだ手をぎゅっと強く握り返した。
「ヴォルフ」
エリアスは、一語一語に魂を込めるように、はっきりと言葉にした。
「私も、この先も貴方と幸せに生きたいです。……貴方のことを、守りたい」
「エリアス……」
「二人の明るい未来を。……私も、貴方を幸せにすることを誓います」
守られるだけの存在ではない。共に支え合い、ヴォルフを守り、幸せにする。
その力強い誓いに、ヴォルフの蒼い瞳がじわりと潤んだ。
ヴォルフはたまらず、エリアスを引き寄せ、その華奢な身体を強く抱きしめた。
「……ああ。君を守りたい、愛したいという気持ちと同じくらい……君に幸せにしてもらいたいと、そう思っているよ」
ヴォルフは感極まったように、エリアスの肩に顔を埋めた。
「こんなに頼りになる妻に隣にいてもらえるなら……私には何でもできそうだ」
「ふふっ……私だって同じです」
エリアスもヴォルフの背中に腕を回し、その体温を全身で感じながら答えた。
「貴方に、幸せにしてもらいたい。……一緒に、幸せになりましょうね、ヴォルフ」
言葉はもう、必要なかった。
二人の顔が自然と近づき、吸い寄せられるように唇を重ねた。
あの日、契約のためだけに形式的に行い、適当に済ませたあの冷たいキスとは、何もかもが違う。
互いの体温、愛情、そしてこれから続く未来への希望が込められた、真実の誓いのキス。
カラン、カラン、カラン……。
タイミングよく、正午を告げる鐘の音が遠くで鳴り響いた。
けれど、二人にはその音さえも聞こえていないかのように、ただ互いのことだけを見つめ、幸福な口づけに酔いしれていた。
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