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第3章
特別な日の幕引き
しおりを挟むエリアスが、太ももを這い回る手による執拗な愛撫に顔を赤らめて耐えていると、ふいに隣にいるヴォルフの身体がぐらりと傾き、エリアスに寄りかかってきた。
「わっ……」
覆い被さるように体重をかけられたので、エリアスはドキッとした。
(まだ、ここで続きをするつもり……?)
一瞬身構えたが、ヴォルフの手の動きは止まっていた。
ヴォルフはそのまま、スローモーションのように横に座るエリアスの膝の上へと、コクリと倒れ込んだ。
「……ヴォルフ?」
声をかけても、返事がない。
エリアスが恐る恐るその銀髪に触れ、膝に乗った横顔を覗き込むと、ヴォルフは長く濃い睫毛を伏せ、安らかな寝息を立てて眠っていた。
「ええっ……」
さっきまであんなに色っぽい手つきで触っていたのに、電池が切れたように突然の睡眠。
あまりの落差にエリアスが目を丸くしていると、様子を見ていたシュミットが静かに歩み寄ってきた。
「……おや。ついに限界が来られたようですね」
シュミットは苦笑交じりに、主人の寝顔を見下ろした。
「旦那様は、限界を迎えられるとこうしてスイッチが切れたように眠ってしまうのです。本来、アルコールには強い方ですし、普段は鉄の理性で自制もされますが……やはり、今日の結婚式がよほど楽しく、安心されたのでしょう」
激務の中での準備、そして何より、エリアスが無事に戻ってきたことへの安堵が一気に押し寄せたのかもしれない。
「……ふふ」
エリアスは、なんだか今まで以上にヴォルフが可愛くて、胸が締め付けられるような愛おしさを感じた。
あの理性的で完璧なヴォルフが、お酒を飲んで寝てしまうなんて。
しかも、使用人たちが大勢いる広間の真ん中で、妻の膝を枕にして無防備に眠りこけているのだ。
「可愛すぎます……」
エリアスは嬉しそうに笑うと、子供をあやすようにヴォルフの頭を優しく撫でた。
すると今度はアンナがやってきて、困ったような、でも微笑ましそうな顔で提案した。
「エリアス様。このためというわけではありませんでしたが……よろしければこのソファは背もたれを倒して簡易ベッドにも出来ます。このままお二人は、広間でお休みいただけるよう準備いたしましょうか?」
「えっ、ここで?」
「はい。旦那様を起こさずに運ぶのは至難の業ですし……何より」
アンナは言葉を濁したが、エリアスにはすぐにその意図が理解できた。
このままヴォルフを運ぶのは、屈強な使用人数人がかりでやれば可能だろう。
だが、まだ歩行がおぼつかないエリアスを部屋まで運ぶのは誰がやるのか?
ヴォルフが潰れている以上、他の使用人がエリアスを抱き上げて運ぶことになる。
もしそんなことになれば、目覚めたヴォルフは「自分が寝てしまったせいで、他の男に妻を触らせた」と、天と地がひっくり返っても自分を許さないだろう。
緊急事態ならまだしも、ただの酔っ払い寝が理由だとしたら、死ぬまで後悔して落ち込むに違いない。
エリアスとしては大したことではないが、ヴォルフにとっては重大なことなのだ。
シュミットもアンナも、主人の面倒な独占欲を熟知しているからこその提案だった。
「……そうだね。ヴォルフを起こすのも可哀想だし」
ちょうど、夜もさらに深まり、宴もお開きの時間だ。
ここで二人で眠るのも、キャンプみたいで楽しいかもしれない。
エリアスはアンナに頷いた。
「お願いするよ、アンナ」
「畏まりました!」
アンナがテキパキと毛布の準備を始めると、シュミットが広間にいる使用人たちに向かって手を叩き、声をかけた。
「皆、注目。旦那様がお休みになられた。これにてお開きとする」
使用人たちが静まり返り、注目する。
「片付けは明日で構わない。火の始末と簡単な整理だけ終えたら、各自部屋に帰って休むように」
シュミットの指示に、皆が「はい!」と声を揃える。
エリアスは膝の上のヴォルフを起こさないように気をつけながら、全員に向けて声を張り上げた。
「みんな!今日は、本当にとても楽しかったです」
エリアスは会場を見渡し、心からの感謝を込めて微笑んだ。
「今日という日を、こんなに特別にしてくれて……ありがとう」
その言葉に、使用人たちは皆、温かい笑顔と拍手で応えてくれた。
最高に幸せな結婚式の夜は、穏やかな空気の中で幕を閉じた。
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