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第3章
眠る愛しい人
しおりを挟む使用人たちは、わいわいと楽しげに後片付けを簡単に済ませると、それぞれの部屋へと戻っていった。
シュミットも暖炉の火の始末や戸締まりのチェックを終え、一礼して広間を出ていく。
最後に残ったアンナが、二人が座っていた大きなソファの背もたれを倒してベッドとして完璧に整えた後、エリアスが寝たままでも手が届くサイドテーブルの位置に、たっぷりの水とグラスを用意してくれた。
「それでは、ごゆっくりお休みくださいませ」
アンナは温かい笑顔を残し、静かに扉を閉めた。
広い広間に、二人きりの静寂が訪れる。
ヴォルフはエリアスの膝の上で、まだピクリとも動かずにぐっすりと眠っている。
ソファはすでに広々としたベッドの形状になっているが、エリアスはなんだかこのままにしておきたくて、足を下ろして座ったまま、膝に上半身を預けて眠るヴォルフを見下ろしていた。
アンナが肩にかけてくれた上着と温かい毛布、そしてヴォルフにかかっている毛布のおかげで、暖炉の火が落ちても寒さは感じない。
エリアスはシャンパンを少し飲んだ程度なので、まだ眠気は訪れていなかった。
それよりも、常に隙のないヴォルフが、こんなにも無防備に眠っている姿を、もう少し見つめていたかった。
朝、目覚めたらヴォルフがまだ隣で眠っていて、その腕の中にいるということはあるが、こうしてエリアスよりも先に落ちるようにヴォルフが眠ってしまうことなんて、今まで一度もなかったからだ。
(……あ、でも)
ヒート期間中、フェロモンに当てられて理性を失ったヴォルフが、何日も不眠不休で獣のようにエリアスを求め続け、最後には二人して気絶し……先にエリアスが目覚めた時に、隣で泥のように眠るヴォルフを見つめたことはあったっけ。
そんなことを思い出して、エリアスの身体の奥がむずむずと疼いた。
先ほど、皆がいる中で太ももをこっそり撫でられた感触が蘇る。
あの時、本当はもっと触れてほしくてたまらなかったのだ。
「……早く」
エリアスは眠るヴォルフのサラサラとした銀髪を指で梳きながら、ぽつりと呟いた。
「……えっちしたい」
最優先すべきは、エリアスの身体の回復だ。
歩行もまだ十分に出来ないのに、何を言っているんだと自分自身に呆れるが、愛する旦那様に触れたくて、触れられたくて仕方がないその衝動は、身体の回復とはまた別の話だ。
馬車の中での、ギリギリまで理性を溶かした濃厚なキスまで思い出してしまい、エリアスは顔が熱くなるのを感じて、慌てて思考を中断した。
「……寝ようかな」
エリアスは、眠っているヴォルフの頭をそっと持ち上げ、自分の膝をゆっくりと引き抜いた。
そのままごろんと、ソファベッドの上に身を横たえる。
ヴォルフが真ん中で大の字ならぬ、斜めに陣取って眠っているので、自然と大きなソファベッドの隅っこに、二人でくっついて横並びになる形になった。
なんだかそれがおかしくて、エリアスはふふ、と忍び笑いを漏らした。
隣で眠るヴォルフは、起きる気配が全くない。
エリアスの中に、ふとイタズラ心が芽生えた。
身を乗り出し、ヴォルフの顔を至近距離で見つめる。
(……すごく、綺麗な顔だ)
改めて見ると、その造形は神が作った彫刻のように整っている。
肌も驚くほど綺麗で、伏せられた睫毛は影を落とすほど長い。
この瞼が開いたら、あのアイスブルーの瞳が、蕩けるように優しくエリアスを見つめてくれるのだ。
そして、形の良い唇。
いつもエリアスに優しく愛を囁き、キスをしてくれて、時には濃厚に攻めて頭をおかしくさせる唇。
「ん……」
そう思いながら、人差し指でそっと唇の輪郭をなぞってみる。
ふに、と柔らかくて温かい感触が指先に伝わる。
もしかすると、エリアスもまだ微かに酔っているのかもしれない。
普段ならしないような、変に大胆な気分になっていた。
エリアスはヴォルフの唇と唇の間に、そっと指先を滑り込ませた。
「……っ」
熱い口腔内の温度と、濡れた舌に触れて、心臓がどきりと跳ねる。
ヴォルフは起きる気配がない。
エリアスはそのまま、指を第一関節まで侵入させ、くちゅ、と小さな水音がするくらい指を動かして、ヴォルフの口腔内を確かめた。
指に絡みつく舌の感触と、熱。
まるで、キスをしている時のヴォルフの舌の動きを思い出させる。
(……こんなの、変態だ)
意識のない人の口の中を確かめるみたいに指で弄るなんて。
きっと、常日頃から独占欲だけでなく、そういった執着的な変態性を見せてくるヴォルフの思考が移ってしまったんだ。
そう心の中で夫のせいにしながらも、エリアスはその背徳的な興奮を止めることができなかった。
しばらくの間、ヴォルフの熱い口内を指で弄りながら、エリアスは一人、静かに熱を帯びた息を吐き続けた。
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