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第4章
愛ゆえの煉獄
しおりを挟むいつの間にか、気を失うようにベッドの上で座ったまま眠ってしまっていたらしい。
ふと意識が浮上し、エリアスは重たい瞼を開けた。
窓の外は完全に夜の闇に包まれており、広い寝室にはエリアス以外の気配はなかった。
頭はまだ霧がかかったように重いが、思考だけが残酷なほど冴え渡り、先ほどの医師の言葉を反芻し始めた。
生殖機能を、完全に失っている可能性。
それは、エリアスも心の奥底でずっと懸念していたことだった。
――子どもが産めない。
その事実は、単に「二人の子どもに会えない」という悲しみだけでは済まされない。
ヴォルフがただの平民の商人であれば、話は違ったかもしれない。
だが、今の彼は貴族だ。この国で正式に爵位を賜り、先日叙任式を終えて伯爵となった、ハルトマン家の当主だ。
その妻であるエリアスが、後継者を産むことができない。
それはつまり、せっかくヴォルフが一代で築き上げ、爵位を得たハルトマン家の血が、ここで絶たれてしまうことを意味する。
貴族社会において、そんなことは許されない。
ヴォルフは優しいし、合理的な商家の感覚も持っているから、「血の繋がりなど関係ない、養子をもらえばいい」と言ってくれるかもしれない。
けれど、養子をもらって解決する問題ではないのだ。
貴族の家とは、当主の血を受け継いでいくもの。血の繋がらない養子を正式な後継者にすることは、国の法や貴族院が許さないだろう。
だとしたら……。
そこで一度、思考が恐怖で停止した。
だが、止まったのは一瞬で、そこからは堰を切ったように最悪の想像が雪崩れ込んできた。
ハルトマン家を守り、爵位を繋ぐためには、ヴォルフの血を引く子どもを産む「第三者」が必要になるということだ。
子どもを産めなくなった欠陥品の妻ではない、健康なオメガか、あるいは女性か……。
貴族の当主の後継者を産むのだから、ある程度身分のある、健康な者をハルトマン家に迎え入れることになる。
(……ああ)
エリアスは震える手で口元を覆った。
こんな形で、エリアスが嫁いできた当初に考えていたことが、現実になるかもしれないなんて。
あの頃は、自分は借金のかたに売られた間違いの妻だから、ヴォルフが正しく愛せる相手を迎え直すべきだと、ずっと呪いのように思っていた。
その未来が、形を変えて再び目の前に突きつけられている。
でも、あの頃とは決定的に違うことがあった。
二人は番になり、幾多の命の危機を乗り越え、結婚式までもう一度挙げて、神の前で永遠の愛を誓い合ったのだ。
ヴォルフは変わらず、エリアスを愛してくれるだろう。エリアスも、命を懸けてヴォルフを愛している。
でも、だからこそ。
愛し合っているのに、違う人をヴォルフが抱いて、その人が子どもを産み、その子が二人の子どもの代わりに後継者になる。
そんな未来で、エリアスは正気を保って生きていけるのだろうか。
その答えは、どれだけ考えても出なかった。
前なら、「だったら私がこの家から去ればいい」とすんなり諦めがついただろう。
子どもの産めない役立たずの妻は出ていき、ハルトマン家として正しい妻を迎え直すべきだと、身を引くことができたかもしれない。
でも今は、そんなふうに簡単に、ヴォルフのことも、ハルトマン家のことも諦めることができなかった。
諦められないからこそ、辛い。
前みたいに、心を殺して逃げられたら。何もかも諦めて心を閉ざして、壊して、感情を捨てて逃げてしまえたら、どれだけ楽だろうか。
けれど、ヴォルフを、そして彼が愛したこのハルトマン家を心から愛してしまった今、そんなことは簡単にはできない。
逃げることも、受け入れることもできない煉獄。
「……ぁ、うぅ……っ」
呆然としていた心が動き出し、凍りついていた感情が溶解すると同時に、激しい痛みが襲ってきた。
エリアスは一人、暗闇の中で声を上げて泣いた。
ヴォルフのいない、二人で寝るには広すぎるベッドは、あまりにも虚しくて、冷たくて。
誰も慰めてくれる人のいない闇の中で、エリアスはただ声が枯れるまで、絶望の涙を流し続けた。
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