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第4章
愛ゆえの結論
しおりを挟む泣き疲れたまま、それでも一睡もすることなく、エリアスは白々と明ける朝を迎えた。
カーテンの隙間から差し込む朝日は、今のエリアスには残酷なほど眩しかった。
コンコン、と控えめなノックの後、アンナがそっと寝室に入ってきた。
彼女は何も聞かず、ただ心配そうにエリアスの顔色を一度だけ確認すると、消化の良さそうな軽食と水をサイドテーブルに置いてくれた。
「……失礼いたします。何かあれば、すぐにお呼びください」
昨夜「一人にしてほしい」と言ったエリアスの言葉を尊重し、無理に声をかけたり、励ましたりすることなく、静かに下がっていった。
エリアスは、アンナのその心遣いが痛いほどありがたかった。
今、こんなボロボロの精神状態で、誰かと話すことなど到底できそうになかった。
そして同時に、寂しいはずのヴォルフの不在に、心のどこかでほっとしている自分もいた。
もし今、ヴォルフがそばにいたら。
昨夜、絶望の中でぐるぐると考えていた醜い願望を、そのままぶつけてしまっていたかもしれない。
貴族としての責任や義務なんて全て放棄して、私だけを愛してほしい。誰もこの家に、後継者を産むための「他人」を迎え入れることはしないで、と。
泣きついて、彼の足に縋り付いて困らせていたかもしれない。
そんなことは貴族として許されないと、頭では分かっているのに。後継者問題は、ヴォルフ個人の意思だけで決めていいことではないと理解しているのに。
いや、むしろヴォルフなら――。
「貴族であることがエリアスを苦しめるなら、爵位など返上する」
そう言い出しかねない。
今の彼なら、エリアスを愛しているからこそ、迷いなく全てを捨てようとするだろう。
けれど、それは同時に、近年のヴォルフの血の滲むような努力、ハルトマン家が積み上げてきた時間や莫大な資金、支えてくれた使用人たちの想いを、全て無駄にすることに繋がる。
爵位の返上など、そんな簡単な話ではない。
なのに、ヴォルフはエリアスのためならと、それらを天秤にかけ、簡単に捨ててしまいそうで……それが何よりも怖かった。
愛する人に、その人生で築き上げた大事なものを捨てさせる怖さ。
愛されていることを深く理解しているからこそ、ヴォルフならそうするだろうという確信があり、それがエリアスを恐怖させた。
その選択によって、ハルトマン家が没落し、国中から後ろ指をさされるようなことになったら。
エリアスはそんな未来を想像し、ガタガタと震えた。
いくら考えても、一筋の光も見えない。
考えれば考えるほど、思考は泥沼のような闇へと堕ちていく。
今のヴォルフは、子どもを産む道具としてオメガであるエリアスを愛しているわけではない。
けれど、最初に彼が、貧乏とはいえ貴族家のオメガである自分に結婚を申し込んだ時点での「意味」は、紛れもなくそこにあった。
それが、この結婚の根底にある契約であり、前提だ。
その「意味」を失った欠陥品であるエリアスが、妻の座に居座り続けることが、どれだけヴォルフやハルトマン家の未来を苦しめることになるのか。
もはや、想像することすら恐ろしかった。
エリアスは、テーブルに置かれた軽食にも水にも、手を伸ばすことができなかった。
もっと時間が経てば、回復すれば、もしかしたら……という一縷の望みもある。
けれど、今は何もしたくない。何も考えたくない。
でも、ヴォルフが帰ってくるまでには、気持ちを整理しなくてはならない。
愛しているから、手放せない。逃げたくない。
……それは、エリアスの個人的で、我儘な執着だ。
本当に彼を愛しているなら、その感情を捨てるべきではないのか。
彼のために、彼の未来のために、身を引くことこそが、本当の愛なのではないか。
そこまで考えて、エリアスは乾いた唇を開いた。
「……もう、答えは……出てるじゃないか」
ぽつりと漏れたその声は、自分でも呆れるほど泣き疲れて、掠れて響いた。
悲しみは通り越し、もう、涙は一滴も出なかった。
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